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◆エーギアの菓子(3)



翌日、コーディンは両親に呼び出された。
大きな商家を経営している両親は末息子に対し、顰め面であった。

「アンタ、コルスを養子に出すつもりなんだって?」
「そうだけど、母さん……。俺もちゃんとケジメつけようと思ってさ……。育てきれる自信がないし、このままじゃよくないってラーディン兄貴にも言われたし……」
「このバカ息子がっ!」
「と、父さんまで……。何で怒ってるのさ。そりゃ俺が今までケジメつけずにダラダラしてたのは悪かったって思うけど」
「孫を勝手に養子に出すと決められて怒らないわけがなかろうがっ!」
「ホントに気付いてよかったわ。養子縁組が決まった後じゃ取り戻せなかったかもしれないからねえ。なんで相談しないんだい、アンタは。アンタが子育てできないことなんて判ってたわよ。だからちゃんと乳母をつけてたでしょうが」

両親は養子縁組に反対らしい。
コーディンは驚いた。

「けど父さん、母さん……」
「ケジメをつけるっていうのならまずソニアと結婚すべきだろ」
「あ、うん……それはもちろん……しようと思ってる」

それはもう決めていた。
ソニアのことは嫌いではない。ただ自分が優柔不断だっただけなのだ。

「子供ならちゃんとソニアが面倒見てくれるだろうさ」
「うん……だけど……」
「コーディン、アタシたちは家族だろ。この家にはたくさん人が住んでいる。お前の兄もそのお嫁さんもラーディンも従業員も同じ家に住んでいる。アタシたちは家族なんだ。もちろんお前の子も。中途半端なことばかりしているお前はけして出来の良い子じゃないけど、家族を勝手に放り出そうとしたお前の行いは許すわけにはいかないよ。子供を養子に出すのならまず家族であるアタシたちに相談するべきだった。お前の子はアタシたちの孫でもあるんだから」

母の言葉にその通りだと父も頷く。

「ケジメをつけたいならちゃんとソニアと結婚しなさい。そして子供をお願いしますと頭を下げるんだ。アンタがしなきゃいけないことはまずそれからなんだよ。親になる自信がないなら、今から努力すればいい。最初から完璧な親なんて目指さなくていいんだよ。そんな親なんてどこにもいないんだから」
「そうだなぁ。俺も仕事ばかりだ」

顎をさすりながら父が呟く。
確かに父は家のことは殆どやっていないだろう。この大きな商家の主として、いつも仕事に精を出している父だ。しかし彼がこの家の屋台骨を支えてくれているおかげで多くの家族と従業員が路頭に迷わずに済んでいるのだ。

「人には役割がある。まずお前ができることは何なのか考えろ、コーディン」
「うん……」
「焦らなくていい。ゆっくり考えていけばいい。悩み迷ったら周りに相談しろ。この家にはたくさんの家族がいるんだから」
「うん、父さん。ありがとう……」

自分は本当に愚かだった。
優柔不断で中途半端なことばかりして子供やソニアを悲しませ、周囲に迷惑をかけていた。
あげくに周囲をもっと悲しませるようなことをしてしまうところだった。
再度両親に頭を下げると、両親は苦笑し、顔を見合わせた。

「アンタはちゃんと働いているし役に立ってるよ」
「一番役に立っていないのはうちの次男坊だからなあ」
「戦場に行くたびに戻ってくるのは遺品だけなんじゃないかと思ってハラハラするよ。とっとと辞めてくれたらいいんだけど」

エリート騎士も両親には心配の種でしかないらしい。

「ラーディンは優しい子だからね、ソニアが嫁に行きたくてもいけないのが気の毒だと言ってたんだよ。だからアンタに説教したのさ」
「そうだったんだ……」
「あの子も結婚したくてもできない事情があるからね……」

ラーディンの相手であるスティールは複数印持ちだ。だから結婚したくてもできないのだという話はコーディンも知っていた。
別れて別の相手を見つけたら?と提案したことがある。
返答は『死んでも嫌だ』というものだった。
運命の相手というのはそんなにいいものなのかと問うたコーディンに次兄は『惚れた相手と別れるのが死んでも嫌だ』と言い切った。
ベタ惚れなんだなとコーディンは思い知ったものだ。

(けどそれほど惚れてる兄貴が結婚できなくて俺が結婚できる。運命ってのは皮肉だな)

きっと次兄がソニアの立場なら、コーディンのような優柔不断な態度は許さないに違いない。積極的に動いて結婚するだろうし、子供だって自力で養って育てそうだ。
もっとも次兄の相手スティールは七竜の使い手だ。次兄より出世している人物だから養育費は払ってくれそうだと思う。