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◆エーギアの菓子(2)



ほのかな甘みがあり、口に入れるとホロリと溶ける焼き菓子はあまり売られていない商品だ。
日持ちがせず、型くずれしやすいので売るには不向きだからだ。
ときどき、ソニアがその菓子を自宅で焼いて、こっそり持ってきているのを知っていた。
子を手放した手前、おおっぴらには会えないからだろう。店の横の路地裏に隠れ、こっそり会っているようだった。
迷子になった子供は母親を自分で探そうとしていたようだ。甘い菓子をくれる優しい女性が母親であることをどこかで理解しているのかもしれない。
今でもソニアとは時々会っている。町で会ったときは必ず子のことを聞かれる。子供ばかりを引き取った身勝手な男に彼女は文句一つ言わず、不遇に耐えている。
兄とその相手に子供を渡すと言ったら彼女は何と言うだろうか。
兄とその相手は信頼できる相手だ。きっと可愛がってくれるだろう。二人ともエリート職だ。自分のような親を持つより、子は問題なく幸せな人生を送れるだろう。
しかし、現状でも特に問題はない。コーディンの家は大きな商売をしているために大所帯だ。子供も従業員の子と一緒に育てられている。他でもない、コーディンやラーディンもそうやって育ったのだ。多くの人々に愛されて育てられる環境もそう悪くないのだと身を持って知っている。
コーディンは迷った。

転機が訪れたのはその数日後のことであった。
朝食の席で一緒になった兄ラーディンから、耳打ちされたのだ。

「スティールがお前の子を欲しがっているだろ」
「あぁそうだけど…」
「お前から断っておいてくれ」

コーディンは驚いた。
兄は子供好きだ。甥っ子や他の子供たちのことも可愛がってくれている。それだけに兄から断りの言葉を聞くとは思ってもいなかったのだ。

「子供好きじゃなかったのか?」

コーディンが思わずそう問うと、騎士服姿の兄はマントを羽織りつつ答えた。

「好きだけどな」
「じゃあ何でだ?」

そう問うと、兄は暗く冷たい笑みを浮かべた。

「スティールが愛するやつはこれ以上要らない。あいつの子供なら別だけどな」

明るい兄の思わぬ一面を見て驚くコーディンに、兄は肩を叩いた。

「お前もいいかげんケジメをつけろ。結婚しないならソニアと別れて、子も手放せ。普通の家なら許されないぞ。この家の子供だからこそ、これ以上甘えるな」

その通りだ。
子を引き取りながらも実際は殆ど子育てをせず、ソニアとも結婚しないまま、だらだらと関係を続けている。普通の家なら許されないわがままだ。裕福な家で多くの従業員を雇っているからこそできる贅沢なのだ。
誰もコーディンに何も言わない。それが許される環境に、皆の優しさに無言のまま甘え続けていた。

「なぁ兄貴」
「何だ?」
「あの人、子供が欲しいって言ってたぜ」

コーディンがそう教えるとラーディンは軽く目を見張り、そして苦笑した。

「今回ばかりはスティールが悪いな。俺たちに相談せずに子を引き取るなんて決められても困る。まぁ心配しなくてもそっちは解決済みだ。カイザード先輩がめちゃくちゃキレてたからな。今頃、しぼられているだろう」
「ゲッ、兄貴たちに相談せずにあんなこと言い出したのかよ、あの人」
「反対されないと思っていたらしく、事後承諾のつもりだったようだ。へんなところでヌケてるんだよな。
意外と子供好きみたいでな、スティールのやつ。ラーディンそっくりですごく可愛かったと言ってくれたもんだから先輩が怒りだしてしまってなー…」

ラーディンは修羅場を思い出したのか苦笑い状態だ。

「だが元々の原因はお前にもあるぜ、コーディン。親に愛されていないようだから引き取りたいんだとスティールは言っていた。本気でお前が子を愛するつもりがないのなら、養子縁組を考えるなりして、ケジメを付けろ。同性婚をした人たちの中からいい人たちがいたら、その人たちに託せばいいだけだ。少なくとも今の状態よりマシだろ」

同性婚があるこの世界では、養子は珍しくないのだ。
そして実子も養子も分け隔て無く育てることが当たり前となっている。

「そうだな……」

子を愛してくれる人を探して託そう。コーディンはそう思った。