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◆エーギアの菓子



(紫竜シリーズ、ラーディンの弟視点の話)

ラーディンの弟コーディンはラーディンと一つ違いである。
一つ違いなので年齢差は殆ど感じず、幼い頃から一緒に遊んだ仲であった。
家のある場所も王都の中では平均的なレベルの場所で、治安もさほど悪くない。住民も多いため、近所の子供達十人前後といつも一緒だった。
そんな彼等の憧れは騎士だ。特に近衛騎士は普段から目にする騎士達であり、身近な存在であった。
いつかは立派な騎士様になりたいというのが、男の子ならば誰もが持つ夢だったのである。
近所の子供たちも一緒に王都士官学校を受けた。年齢の関係で受験した年は前後したものの、最終的に受かったのは次兄ラーディンだけだった。
両親は次兄も受からないだろうと思っていたらしい。そのため、受かったと判ったとき、喜ぶどころか嘆いた。ラーディンには店を手伝ってほしかったらしい。

大きな計算違いだとぼやいたのは父。
ため息を吐いたのは母だ。

コーディンは羨ましかった。そして急に兄が遠く感じられた。
ものごころついた頃には兄が一緒だった。長兄は5歳ぐらい離れているので一緒に遊ぶには少々つらいものがあったのだが、年子である次兄ラーディンはいつも同じレベルで遊んでくれたのだ。
ラーディンはコーディンにとって同じような存在であり、ライバルであり友であった。だからこそ兄だけが受かったことが残念で悔しかった。受かるなら一緒に受かりたかったし、落ちるなら一緒に落ちて欲しかったのだ。勝手な希望だがそう思っていた。
兄は朝から学校へ向かうようになり、コーディンとは接する時間が少なくなった。
やがてその兄の口から新たな友人の名を聞くようになった。特に多く聞かれるのがティアンとスティールという名だった。兄は新たな世界で新たな友を作って過ごしているのだ。それが妙に寂しかった。

子ができた。
そう幼なじみの一人に告白されたのはコーディンが17の時のことだった。
体を重ねることは戯れのようなつもりだったので将来のことなど全く考えていなかったコーディンは戸惑った。
しかし幼なじみのソニアは結婚したがっているようであった。
ソニアの家は、大きな店を営んでいるコーディンの家と違って裕福ではない。ランクで言えば中の下、もしくは下の上といったところだ。
家も小さい上、弟妹は幼い。ソニアが結婚したがる理由も何となく判る。
大人しい性格のソニアは、あまり学はないが、勘の良い少女であった。コーディンが結婚を躊躇っていることに気付いているのだろう。結婚してくれと責めてくることはなかった。
時が満ち、生まれた子を引き取ることでコーディンは自分なりの責任を取った。
ソニアの家の経済状況では子育ては厳しい。しかしコーディンの実家なら別だからだ。
子供はコーディンに似た男の子だったが、コーディンには唐突に出来た子をあまり愛せる自信がなかった。

乳母を雇い、殆ど子を顧みることなく過ごしていたある日、泣いている息子を抱いた青年がやってきた。息子は家を出て迷子になっているところを助けられたらしい。
クリーム色の髪をした穏やかそうな雰囲気の青年は、形ばかりの礼を告げたコーディンに笑みを見せた。

「あぁ、やっぱりラーディンの甥っ子かぁ。似てると思ったんだ。どおりで可愛いはずだなぁ。俺もこういう子、欲しいなぁ」
「欲しいならあげますよ」

冗談交じりにコーディンが告げると青年は少し驚いたようにコーディンを見上げ、真顔で子供を見下ろした。おむつがとれたばかりの子供は事情など判らぬ様子で指をしゃぶっている。

「えーと……本気ならこっちも本気で考えますけど」

そう言われるとは思わなかったのでコーディンは驚いた。

「あんた、子が欲しいのか?」

コーディンが問うと青年は真顔で頷いた。

「子が欲しいというよりラーディンの甥っ子なら欲しい。必ず愛せるという自信があるよ」
「そういや、あんた兄貴の知り合いなのか?」
「あれ?覚えてないかな。何度か会ったことがあるんだけれど。俺はラーディンの運命の相手だよ」

そこでコーディンは青年に何となく見覚えがあることに気付いた。
名はよく聞いているが、青年の容姿にはぼんやりとした印象しかなかったのだ。大勢の中にいたら埋没してしまうような、目立たないタイプだからだろう。

「あんた、兄貴以外にも相手がいるんだろ?それに何で子供が欲しいんだ?子なんかいたって楽しいことばかりじゃない。全然楽じゃないぞ」

青年はコーディンを見つめ、逆に問い返してきた。

「君は何故子供を作ったんだい?」
「作ったんじゃない、できたんだ」
「そうか。女性相手ならそれもあるね。
俺はラーディンと人生を歩む決意をしている。今のところ相手は男性ばかりだから子供が望めない。だから子供が欲しいよ。愛する相手の血縁なら尚更嬉しいと思う。
本気でくれるのなら本気で引き取るよ。俺はラーディンもこの子も一生愛するよ」

穏やかで目立たないとばかり思っていた青年の思わぬ内面の強さにコーディンは驚いた。
一生愛するとはっきり他人に言い切れる、そんな人間がどれほどいるだろう。
兄が何故この青年を愛しているのか、少し判ったような気がした。

「……考えさせてくれ」

邪魔だ面倒だとばかり思っていた子供だったが喜んで引き渡す気にはなれなかった。
そんな己を不思議に思いつつ、コーディンは子を見下ろした。