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◆エーギアの菓子(4)



そして翌日、コーディンは包みを手にソニアの家へ向かった。
ソニアに結婚の申し込みをし、ソニアの両親に頭を下げて結婚の許しを得て、これで嫁ぐ準備をしてほしいと包みを渡した。中身はちょっと質の良い装身具と金銭だ。
ソニアとソニアの家族はとても喜んでくれた。もっと早くこうするべきだったとコーディンは再度後悔した。つくづく自分の性格が嫌になる。
家の跡継ぎである長兄はすでに結婚している。
コーディンは家を出て借家を借りる予定だったが、両親は離れに部屋を用意してくれた。
今後も実家を手伝っていく予定なのでありがたくその好意を受けることにした。
そうして周囲にも祝福を受けて結婚したコーディンだったが、次兄ラーディンはさんざんコーディンを羨ましがった。落ち着いていて大人びた性格の次兄だが、年齢が近い弟のコーディンには遠慮がないのか、地が出るのだ。俺もスティールと結婚したい、嫁ぎたい、祝福されたい、愛されたい、とぼやき続けた。最初は同情しつつ聞いていたコーディンも次第に嫌になった。いつまでも愚痴られて平然としていられるわけがない。迷惑なばかりだ。

「わかった、わかった。兄貴、今度スティールさんが来たときに教えておいてやるから」
「それだけは止めてくれ!!」

さんざん愚痴っておきながら、相手には知られたくないらしい。

「あいつが気にするだろ、言わなくていい、そんなこと」
「何、格好つけてるんだよ兄貴。それぐらい言えよ。愚痴相手ぐらいさせりゃいいんだ」
「あいつ相手だから言えねーんだよ」

負担になりたくないのだという次兄は、コーディンには無理をしているように見える。
しかし兄たちも複雑な関係だ。いろいろあるのだろうと思う。コーディンは他のスティールの相手を知らないだけに何とも言えないのだ。
ただ、判っていることがある。コーディンは次兄の恋人を知っている。だからこそ判ることがある。

「言ってもいいと思うんだけどな」

コーディンはそう思う。
あのスティールという人物は兄の愚痴を受け止めるぐらい何でもないんじゃないかと思うのだ。
彼は穏やかそうに見えて、自分の意思をハッキリ言う人物に見えた。きっとできることはやってくれるし、できないことはきっぱり断るか謝るかするのではないだろうか。いずれにせよ、愚痴られてそれを負担に思って悶々と悩んだりするようには見えないのだ。
そんなことを思うコーディンの目の前にワインが置かれた。質の良いそのワインは生産数が少ないためになかなか手に入らない逸品だ。

「いいの?」
「判ってるんだろ」
「うん、判った。貰うよ、ごちそうさま兄貴」

口止め料というわけだろう。ずいぶん良い品を渡してきたものだ。それだけ言われたくないことなのだろう。
つくづく兄はあの恋人にベタ惚れなのだと判る。兄の中で優先順位が最上位にあるのだろう。
部屋の扉がノックされた。入ってきたのはソニアだ。
嫁いで以降、我が子といられるのが楽しいのかいつも笑顔で生き生きと働いてくれている。

「ラーディン様、さきほどスティール様がお見えになられました。もう遅い時間なので呼ばなくていいと言われてお帰りになりましたが一応お伝えしておこうかと思いまして」
「ありがとう、ソニア!」

案の定、次兄は部屋を飛び出していった。後を追うつもりなのだろう。

「ソニア、スティールさんは何をお買い上げになったんだ?」

ソニアは頬を赤らめた。

「その………閨で使用するものではないかと……」

コーディンの実家である商家は夜遅くまで営業している。そしていろんな品を扱う大きな商家で様々な品が揃っている。
そして広い店内の一角にはいわゆる成人向けのような品々もおかれているのだ。
そこは店の入り口からは判らない奥まった場所にあり、人目につきにくいよう工夫がされている。そういった工夫が功を成してか、売り上げは上々だ。

「あー………まぁいいか。兄貴が使われちまうだけだろうし」

相手にベタ惚れの次兄だ。使用されたところで特に嫌がりはしないだろう。

「そうだ、これ」

コーディンはソニアに小さな入れ物を差し出した。中にはハンドクリームが入っている。

「新商品らしいんだ。香料も控えめで質がいい」

水仕事も良くしているソニアだ。指先の荒れが痛々しくて気になっていた。

「ありがとう」

ソニアは嬉しげに受け取ってくれた。

「子供は寝たのか?」
「みんな、もうぐっすり」

この家では子供たちは従業員の子と一緒に育てられる。
子供が眠る場所も専用の部屋があり、夜も親が交代で見守っているのだ。

「じゃあゆっくりできるな。兄貴にいい酒を貰ったんだ。相手をしてくれないか?」
「まぁ嬉しい」

ソニアはそこそこお酒が飲めるのでいい相手になるのだ。
ちょっとツマミを貰ってくると言って部屋を出て行ったソニアを見送り、酒瓶を開封するコーディンであった。

<END>
テーマは「美化されてない普通の男」。
そこら辺にいそうな男性。
ついでに家族視点のラーディンを書いてみたくて書きました。
同人誌「幸福のヴェール」より時間的に前になります。