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◆ある痴漢退治の話(6)


翌週、刑務担当の官から連絡があった。
スティールは報告書を見て、眉を寄せた。
強姦被害の自白が三件以上に達したこと。自白の裏付けを進めているが、証言がとれそうなことなどが書かれていた。

『内容が極めて悪質であり、前例を見ても、極刑となる可能性が高い』

書類の末尾近くにそう書かれていた。
スティールは書類を手にフェルナンの元へ向かった。
フェルナンとシーインはスティールが来ることを予測していたらしく、スティールの問いにあっさりと答えてくれた。

「死罪は免れないだろう」

やはり強姦被害三件以上は死罪となるらしい。

「どうも三件どころじゃない犯罪を犯しているようでね。処刑自体はまだまだ先になりそうだよ」

まだ隠していることがありそうだと言っていた刑務担当の騎士の勘は当たっていたらしい。

「さてスティール。処刑許可は返してもらっていいかな?」
「!」
「君にはまだ早い。判っただろう?」
「……はい」
「時折思う。戦場で我々が奪う命と罪を精算して死んでいく命。どちらが重いのだろうね。
だがこれもまた我々が抱える矛盾であり、一つの罪なんだろう。戦場で迷っていてはこちらが殺される。それでもこうして深く考えながら奪う命があるのは確かで、軽いものではいけない。例えそれが罪に塗れた命であってもね」
「はい」
「まぁ、犯罪者の処刑に関しては各軍団長の判がなければ実施できないんだが」
「えっ!」
「権限についてもちゃんと学んでおくんだね」
「はい…」

何もかもフェルナンにはお見通しだったようだ。
彼はよき経験として学ばせてくれたのだ。好意を無駄にしてはならない。もっと勉強しなければならないなとスティールは痛感した。


++++++++++


結局、捕らえた男が死罪となったと聞いたのはそれから一年近く経ってからのことであった。
かなり多くの余罪があったらしいと副官のオルナン経由でスティールは聞いた。

「まぁ罪を多く犯したのなら仕方がないよな」

そうあっさりとした感想を言ったのはラーディンだ。
二人は一日の仕事を終え、帰宅準備中であった。
揃って残業になったため、中隊が使っている部屋にはもう誰も残っていない。

「うん…」
「お前も襲われたんだろ。遠慮してやる必要なんかないだろ?」
「いや、遠慮はしてないよ、捕らえるとき、思いきり蹴り飛ばしたりしたし…」
「蹴り飛ばしたって股間をか?やるなー、スティール。けど良い方法だよな。強姦魔にヤる機能なんていらないだろ」
「いや、別に股間を蹴ったワケじゃ…。ラーディン、その感想、ドゥルーガそっくりだ」
「正論だろ?」
「うん、まぁ……そうかもしれないけど…」
「今度痴漢を捕らえることがあったら、思いきり蹴り潰してやったらどうだ?」
「過激なことを言うなぁ、ラーディンは。出来れば、もう、痴漢に遭遇したくないよ」
「それもそーだよな」

何故か夏になれば痴漢が増えるよなぁ、とラーディン。
結局、痴漢は撲滅することがなく、時々新たに捕らえられては、牢に入れられているようだ。

「おととい捕らえられた痴漢は禿げたじーさんでさ。アダリナちゃんの尻は世界一じゃーってずっと叫んでたんだぜ」

ある酒場の常連客であったらしいが、どれだけ叱責しても、店員に触れるのをやめてくれないため、お仕置きを兼ねて憲兵に突き出されたのだという。

「それって…死罪にならなきゃいいね……」
「被害者の店からは一週間ほど牢に入れておいてくれって頼まれているらしい。頭を冷やさせるのが目的なんだと」
「なるほど……」

痴漢は痴漢でも罪の重さが違うようだ。

「釈放時に罰金は払う必要があるだろうから、財布も寒くなる。さすがに懲りるんじゃないか?」
「そうだね」

スティールは片手で頭を掻いた。

「うーん……やっぱりよくわかんないなぁ。知らない人に触りたいなんて思うものなのかな」

犯罪と判っていて触りたくなるものなんだろうか、とスティール。

「判らない方がいいだろ、スティール。罪を犯したくなる心理ってことだろ」
「うん、まぁ…そうなんだけどさ」
「俺たち以外に触りたいと思われても困るんだがよ」
「う、うん、そうだよね」
「ところでさ、でかい水風呂がある宿があるって聞いたんだけどよ、行ってみないか?」
「へえ、涼しそうでいいね」
「だろー。俺も後輩に誘われてそういうところがあるって知ったんだ」
「後輩?」
「あぁ、一個下の後輩。一緒に行かないかって誘われたんだけど、風呂に入るためだけに宿に泊まるのもちょっとなぁって思ったから断った」

ラーディンは『風呂に入るためだけに』などと言っているが、後輩の誘いは間違いなく下心付きの誘いだったはずだ。
断ってくれてよかったというべきか、もっと気をつけろと注意を促すべきか迷うスティールに対し、ラーディンは肩をすくめた。

「最近、この手の誘い多いんだよなー」
「あ、あのさ、ラーディン。そういう誘いって…」
「スティールからなら歓迎だぜ。むしろ、もっと誘って欲しいんだけどな」
「……努力します」
「おう、頼む」

聡い彼らしく、その手の誘いに隠された意味に気付いていたらしい。
安堵しつつも、もっと、という言葉に少し反省する。物足りないと思わせていたのであればスティールの落ち度だ。

(刺激が足りないのかな。うん、もっと頑張らないと……ええと、今日は水風呂、か。水の印で氷でも作ってみようかな。うん、氷でいろいろと遊んじゃおう)

「ラーディン、ごめんね。今日は頑張るよ、俺」
「え?何がだ?」
「ラーディンがもういいって言うぐらい頑張るから」
「は?……え…?ちょ、ちょっと待てよ、スティール!」
「ドゥルーガ、手伝ってね」
「まぁ構わんが」
「ま、待てってスティール!!ドゥルーガにまで手伝わせて何をする気だよ!おいっ!」
「ラーディン、泊まる予定だったのなら、着替え持ってきてるよね」

準備がいいラーディンは確かに手にしていた。
しかし、今回ばかりは用意周到な己に少し後悔した。
期待半分、恐怖半分という様子で黙り込むラーディンにスティールは笑った。

「楽しみだね、ほら行こうよ」
「あー……手加減してくれよ」
「明日は休みだろう?」
「だからって動けなくなるのは嫌だ!」

スティールは笑いながら恋人に手を伸ばした。

「ほら、ラーディン。早く案内してくれないと俺は場所を知らないんだからさ」
「あー、もう。加減しろよ?」

長身でスティールより体格の良い男らしい恋人だが、赤い顔で狼狽えているところはとても可愛く見える。
触れる手の温かさを愛しく思いながら歩き出すスティールであった。

<END>
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