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◆ある痴漢退治の話(オマケ話)


(痴漢が捕まった日の夜。中隊用執務室にて)

「ちょ!!ソーン、何だ、その格好っ!!痴漢退治にずっとその格好で行ってたのか!?」

叫ぶカナックにソーンはあっさりと頷いた。
肩までの金髪に整った容姿を持つソーンは、見た目だけなら女性が憧れそうな貴公子的な容貌を持つ騎士である。
薔薇園にでも立たせておけば、さぞかし似合うであろう風貌を持つ男なのだ。
しかし、中身は間違っても貴公子ではない。

ソーンが身につけた、一般的な夏服の半分以下じゃないかと思えるほど露出の多い姿にカナックは顔を引きつらせた。
上半身も酷いが下半身が特に酷い。少し間違えれば股間が見えるんじゃないかというぐらい丈の浅いパンツだ。しかも素材が艶のある黒皮のため、ぴっちりと肌に張り付いている。

「10日以上その格好だとぉお!?」
「あ、ちゃんと毎日洗濯はしてました」
「そういう問題じゃねええ!!あぁ、何で俺はちゃんとこいつらの格好を確認してなかったんだぁ!!ヤバすぎだろ!!」

痴漢退治メンバーは他の中隊メンバーと完全別行動だったため、痴漢が捕らえられた本日まで、カナックたちと顔を合わせなかったのだ。
同じ部屋に居合わせた夜勤のメンバーは呆れたり、顔を引きつらせたり、思い思いの反応を見せている。

「何か問題でもありますか?さっき、たいちょーが物好きな痴漢を捕まえてきたんでしょ?」
「あんまりだろぉおおお!!もうちょっとマシな格好にしろよ!!カイザードの下半身の方がまだマシに見えるよ!」
「俺の下半身って何ですか、カナックさん…」

カイザードは不機嫌そうに問うた。
カイザードの服装は夏場ならば普通に見かける一般人の男と同じようなスタイルだ。特に突飛な格好ではない。少なくともカイザードはそう思っている。

「こいつと一緒にしないでください」

そして、さすがのカイザードもソーンの格好はいかがなものかと思っていた。しかし仕事のためならば、多少は仕方がないかと思って見て見ぬ振りをしていたのである。

「あのな、お前の足はヤバイ。つるつるじゃないか。お前の足は男の足じゃねえ。お前がやるとヤバイ」
「は??何ですか、それは…?」

男の足じゃないとは心外だ。ちゃんと足腰だって日々の訓練で鍛えているというのに何たる言われようか。
反論しようとしたカイザードの隣で、ソーンは服を脱ぎだした。着替えるつもりらしい。

「待て、ソーン、そこでそんな服を脱ぐな!」
「何ッスか?ヤバイっていうから騎士服に着替えようかと思ったんスけど…」
「ここでは着替えるな、人がいないところで着替えろっ。お前、下着つけてないだろーーーっ!!」

そうなのか、とカイザードは驚くと同時に、ソーンのぎりぎりまでカットされた服を見て納得した。
確かにこの服では下着をつけたらおかしなことになるだろう。それはそれで扇情的に見えるかもしれないが、完全な変態に見えかねない。逆に通報されたら大変なことになるため、ちゃんと一種のファッションに見えるよう、ソーンなりに考えて、下着をつけなかったのだろう。

「あ、俺、見られても気にしませんから」

あっさり答えたソーンは背後からパシッと頭を叩かれた。
叩いたのは書類を片手に持っている副官のオルナンだ。さきほど別の部屋から戻ってきたところである。

「いくら男所帯とはいえ、最低限のモノは隠せ。見たくもないもんを見せるんじゃない」
「ヘイ…」

さすがのソーンも中隊の実質的なボスであるオルナンには逆らえないらしい。しぶしぶといった様子で着替えを手に更衣室へと去っていった。
近衛騎士は夜勤があるため、公舎にはシャワー室や更衣室、仮眠室が設置されているのである。
そこへ隊長であるスティールが戻ってきた。

「お疲れ様です、隊長。詳細は判明しましたか?」

オルナンの問いにスティールは頷いた。

「まだ、尋問官が取調中。幾つか、痴漢らしき証言は得られたけど、証言の裏付けを進めないといけないから、少し時間がかかるって言われた」
「なるほど。では詳細が判明するまで痴漢退治は一時中断ということでよろしいですな?」
「うん、そうしよう。今夜はこれで解散ということでいいんじゃないかな」
「了解しました」

そこでカナックが視線でオルナンに了承を得て、会話に加わってきた。

「隊長、ソーンの格好ですが……」
「あ、それなんだけど俺も心配だったんだ。だ、大丈夫だったかな!?問題なかった!?」
「被害を受けたという報告はありませんから大丈夫だったんでしょう。ですけど、あれはあんまりでしょう、隊長。気付いていたのならもっと早く止めてくださいよ」
「ご、ごめん」
「そんなに酷かったのか?」
「かなりギリギリですよ、流れの民より露出が多くて、しかも下着なし!物乞いでさえもっとマトモな服着てるんじゃないかって思いますよ」
「そりゃまた……」

呆れたように呟き、オルナンは顎をさすった。

「アレはちょっと頭のネジが緩いところがあるからなぁ…」
「隊長、自分の恋人がああいう格好をしていたらどうします?着替えさせるなんて当たり前の答えはなしでお願いしますよ」
「え、ええと……しっかり、説教、する、とか?」
「そうですか。判りました。ではソーンにもしっかり説教をお願いしますよ」
「ええっ!?………ソーン先輩に説教……?効果あるかな…?」

とにかくつかみ所のない男だ。
今回の件でより一層判らなくなった気がするスティールである。

「おいおい、頼りないぞ隊長。部下の躾はちゃんとしてくれないと困るぞ」

オルナンに怒られ、スティールは仕方なく頷いた。

「判りました。ちゃんと躾けてきます」
「躾!?待った、隊長!!躾なら俺が行ってきます!!しばらく腹も胸も足も出す気が起きないようにみっちり頑張ってきますから、許可を下さい!!」
「あ、じゃあヨロシク…」
「判りました!!」

思わず反射的に許可を出したスティールは、おいおい、とオルナンに言われて我に返った。

「……ええと、今の許可って……」

何のための許可だとスティールは思わず悩んだ。説教のための許可だろうか。
しかし、それを口に出して問うのも憚られる。何しろ、許可を与えた後だ。意味も判らず許可を出したのかと叱責されてもおかしくはない。
しかし、オルナンは責める気はないようだ。

「まぁ、ソーンだから問題なかろう。ある意味、いい薬だ」

オルナンは判っているようだ。しかし、ソーンには少々気の毒なことになったようである。

(だ、大丈夫かな、ソーン先輩……。カナックさん、何をする気だろう……?)

翌日、スティールは、きっちりと服を着込み疲れた様子のソーンと顔を合わせることになるのだが、事後処理で忙しく、事情を問う余裕は全くないのであった。

<END>
もちろん、そーいう躾です。(なお、この時点ではカップルではありません)