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◆ある痴漢退治の話(4)


「お手柄だったな」

捕らえた男はやはり連続痴漢犯だったと判明したのは翌日のことであった。近衛騎士に捕まったことで男は観念して白状したらしい。

「腹が立つ!!あんな男が同期だと思いたくはないな!!」
「同感だ。服と時間が無駄になった…」

なんと犯人の男はカイザードやラグディス、ソーンと同期の男だったらしい。
試験に落ちて、近衛軍にも他の騎士団などにも入れず、いろんな職を転々としている状態だったのだそうだ。
王都士官学校はレベルの高い学校だ。そこを卒業しているにもかかわらず、しっかり職に就いていないという辺り、男の人間性に問題があったのだろう。何しろ痴漢犯だ。

「……先輩たちと同期ですか……」

てっきり、かなり年上の中年男性と思いこんでいたスティールは内心とても驚いた。
しかし、ろくに周囲も見えないような薄暗い路地だったので、相手の容貌がハッキリとは判らなかったのだ。第一印象で何となく中年男だと思いこんでいた。

(ちょっと悪いことをしたかなぁ……)

痴漢相手にそんなことを考えていると、お前大丈夫か?とカイザードに問われた。

「酷い目にあったんじゃないか?無理するなよ」
「いえ、大丈夫です」
「そうか?だったらいいんだが……。あいつら俺たちの顔を知っていたんだろう。だから知らない顔のお前を狙ったんだろうな」
「そうですね…」

カイザードと同期なら当然、二人の顔を覚えていたのだろう。そのため、容貌を知らない相手を狙ったのだろう。
たまたま狙われたのがスティールだったのだ。

「お前大人しそうで地味だからな。狙いやすかったのかもな」
「そ、そうですね」

確かにスティールの容貌は地味だ。その点に関しては強く反論する気もないスティールである。

「スティールあまり無理するなよ」
「しばらく護衛を付けてやろうか?」
「キーネス、しばらく送ってやれ」
「はいっ」
「いえ、大丈夫ですから。ドゥルーガもいますし…」

何やら中隊の皆に過剰な心配をされ、スティールは困惑した。
それほど無理をしているように見えるのだろうかとも思う。

「そうそう、フェルナン将軍がお呼びだぞ。報告に行ってこい」
「はいっ」

向かった将軍用執務室にはフェルナンの他、副将軍のシーインがいた。

「お手柄だったね、スティール」
「はい、ありがとうございます」
「ぜひその調子でどんどん痴漢を捕まえてくれたまえ。遠慮は不要だ。あの手の犯罪者は生かしておく必要がない。子を残す必要も感じない。抹殺して結構だ」
「ええと……」
「今後もその調子でどんどん捕まえたまえ。性犯罪は撲滅すべきだ」
「は、はい…」

心配どころかどんどんやれと言わんばかりに激励され、スティールは困惑気味に頷いた。
確かに性犯罪は撲滅すべきだろう。しかし、このやる気は一体何なのか。

「フェルナン、痴漢にあったことがあるんですか?」
「痴漢どころか誘拐被害に遭われたことがあるんですよ」
「えええっ」
「シーイン!余計なことは言うんじゃない!」
「これは失礼しました」
「ゆ、誘拐って、フェルナン!!大変じゃないですかっ!!」
「過去の話だ。犯人も捕まった。もう問題はない」

少し安堵し、大いに困惑するスティールの隣でシーインが笑いつつ、肩をすくめた。

「幸いにニルオス将軍がその手の手合いを一気に処分されたのでね」
「そ、そうだったんですか。ニルオス様が……」

なかなかいい人だとニルオスへの評価を改めていると、フェルナンは更に顰め面になった。
何やらニルオスに対し、思うところがあるらしく、酷く不機嫌そうである。

「あの……フェルナン、あの犯人の男ですが、カイザードたちと同期の方らしくて……こちらで処分させていただいてもいいでしょうか?」
「ふぅん。まぁ構わないが、温情釈放は許さないよ。必ず刑務担当の騎士と話し合い、複数の被害者がいることを考慮した処分を下したまえ」
「はい、ありがとうございます」

フェルナンに任せておけばかなりの厳罰が下りそうだと思い、犯人の身柄を引き取ったスティールはそのまま隊へ戻った。
オルナンに事情を話して、身柄を引き取ってきたことを告げると、オルナンは呆れ顔になり、顎をさすった。

「まぁ構いませんが、この忙しいときに面倒なことをなさいましたな」

ただでさえ仕事が忙しいときに余計な仕事を増やしてくれた、という気分なのだろう。
スティールは少し申し訳なく思った。

「やはり、刑務担当の騎士と話し合って決められてはいかがです?」
「はい」

念のため、カイザードとラグディスの意見を聞いてみると、厳罰でもいいのではないかということだった。

「犯罪の処罰として、厳しい前例は犯罪抑止の効果がある」
「そういう意味では死罪というのは効果がある」
「そうですか…」

そういえばラグディスには性的被害を受けた経歴があった。悪いことを問うてしまったかもしれないとスティールは今更ながらに後悔した。
しかし、ラグディスはケロリとしている。精神的な傷は今のところ見られないのが救いだ。

(うーん……)

悩みつつも牢へ向かう。
警務担当の騎士は50代目前のベテラン騎士であった。
法と犯罪に関する仕事を担当する騎士は、必ず相応の経験を積んだベテラン騎士が担うのだ。

「強姦の場合は最低十年。被害者の年齢や被害状況などを踏まえて、歳月が増えていく」
「…はい……」
「今回は被害届として出ている件数が三件。だが強姦の場合は被害者が名乗り出ない場合もある。そのことを含めて考えなければならない。だが犯人が自白している。その数が二件。年数的に最低15年以上。罪の重さを考えれば20年以上が妥当となる」
「……20年、ですか」
「刑を下すというのは、人の人生を左右する大きな仕事だ。簡単に引き受けるのはどうかと思うぞ、ひよっこ」

スティールの倍以上、騎士として働いている相手からの言葉にスティールは言葉に詰まった。
とても重みのある重い言葉だ。

「犯罪によって被害者は心に傷を負う。一生消えない傷を負う。目に見えない部分の傷も考えて罪を精算させなければならない。そうせねば捕らえた意味がない」

まだ刑を下すには早い、と担当の騎士は告げた。

「今回は自白によって判明した犯罪が多い。あの男はまだ隠している罪がありそうだ。時間をかけて聞き出さねばならない。刑を下すのはそれ以降じゃないと正しい刑が下せない」
「判りました」
「強姦被害が三件以上になると死罪となる可能性が高い」
「!!!」
「酷だと思うか?だがそれもまたあの男の犯した罪の重さだ、ひよっこ。狂わされた人生は元に戻らない。己の欲望から人を三人以上狂わせたんだ。
三人分の人生と欲望から道を踏み外した男の命。どちらが重いんだろうな?」

スティールは答えられず、黙り込んだ。
フェルナンは『必ず刑務担当の騎士と話し合え』と言っていた。彼はこのことを予測していたのだろうか。
フェルナンは将軍となった人物だ。未経験ではないだろう。恐らく予測していたのだ。

(俺はまだまだ未熟ってことか…)

判ってはいたが、またも知らされてしまったと思う。これが己とフェルナンが歩んできた経験の差だ。
ひどく重く難しい命題を抱えてしまったと思いつつ、スティールは帰路についた。