文字サイズ

◆ある痴漢退治の話(3)


痴漢退治に選ばれた五名は、被害届があった地区や目撃証言があった地区を中心に回ることになった。
同じパターンを繰り返していた方が、警戒心を解きやすいという理由で、お互いに時間を決め、決めたコースを同じパターンで毎日過ごす…ということを繰り返す。
しかし、狙いの痴漢は10日を過ぎても姿を見せなかった。

「こりゃ長期戦になるかな」
「ダルいッス……」
「もしかしたら騎士とバレているのかも」
「一般人に協力を求めるか?しかし、なるべく巻き込みたくはないし…困ったな」

どうしたものかと悩むが、これといった解決策はでない。
オルナンに相談したところ、とりあえず地道に続けるしかない、長期戦になるが一ヶ月は続けてみてはどうだとアドバイスを受け、地道に巡回を続けることに決めた。

(うう、早く捕まえたい。あんな格好の先輩をそのままにしたくないなぁ……)

痴漢を寄せ付けるためということで、カイザードは実にシンプルに、着ている服を夏物に戻したらしい。
秋口の今には少々肌寒い格好ではあるが、鍛えている騎士だけあり、それほどおかしくは見えない。
スティールが気になったのは下半身だ。普段は夏場も薄手のスラックスをはいているカイザードだが、今回は丈が短めのハーフパンツに編み上げのサンダルやショートブーツを組み合わせている。
普段のカイザードはやらないかなりラフな格好だが、当人の見目の良さもあって、とても似合っている。一歩間違えればだらしなく見えかねないその姿も、カイザードがやればセンスの良い組み合わせに見えるから不思議だ。
しかし、普段は隠れている生足がスティールには扇情的に映る。

(うう、似合ってるけど複雑だ。誰にも見せたくないよ。とにかく早く捕まえないと……)

スティールが心配なのはカイザードだけではなかった。
ジョスランは問題ない。半袖ではあるが、どこかのお坊ちゃまに見えそうな上品な服装をしていた。
キーネスも同様で、少し季節を戻しただけという感じの格好だった。
問題はソーンだ。

(あれはあんまりだよなぁ……やっぱり止めた方がよかったかな…)

とにかくすべてがぎりぎりで露出が多すぎる服だった。当人は『夏服をカットしただけッス』と言っていたが、カットしすぎだろうと言わざるを得ないぐらい、大胆にカットされている服だった。
路地裏で客引きをする娼婦でさえ、もっと布地を身につけているだろうと思ったスティールだったが、当人は全く気にしていない様子で、『いいかげん寒いからさっさと捕まえたい』などと気だるげな様子でぼやいていた。
その様子にいろんな意味で不安になったスティールである。

(狙われるなら先輩達かジョスランだろうしなぁ……)

しかし、同じパターンの道を同じように寄り道しつつ回るのも退屈だ。
これも一種の仕事とはいえ、形的には単なる散歩に等しいわけなので、毎日続けているとひどく退屈な作業になる。
そうして三週間が過ぎる頃、スティールは落とし物を捜している人物に遭遇した。

「どうしました?」
「あぁ、酔っていて、結婚指輪を落としてしまったんだ。あれがないと妻に怒られてしまう。まいったよ」

やや太めの体格をした中年男性といった雰囲気の男は酷く困っているらしく、はいつくばって周辺を探している。
指輪ならば円形だろう。どこか遠くに転がっていったのではないだろうかと思いつつ、スティールも周辺を見回した。
しかし、夜だ。酒場が一番盛り上がるであろう時間帯であり、日は完全に落ちていて薄暗い。
男が探している路地は暗すぎて殆ど見えない有様だ。
スティールも周辺を見回したが全く見えなかった。

「ないぞ」

小声で小手状態のドゥルーガが囁く。
ドゥルーガがないというのであればこの路地にはないのだろう。

「うーん、もしかしたら外に転がっていったのかも。あちらを見てきますね」

路地を出ようとしたスティールは突然足を掴まれて驚いて振り返った。

「え?…うわっ!」

何が起きたのかよく判らないまま、足を掴まれて引きずり倒される。ギョッとしたスティールは反射的に緑の印を使って相手の力を緩めた。

「あのっ、何するんですかっ!?」

困惑気味に問うスティールにまともな返答は与えられなかった。

「ううっ……」

男は興奮したように叫んだ。

「うぉおおおっ!!」

そのまま再度覆い被さるように掴みかかられ、スティールは驚きながらも勢いよく相手を蹴り飛ばした。
男が飛ばされた瞬間を見計らい、ドゥルーガから雷撃が飛ぶ。
男はスティールから蹴り飛ばされた体勢のまま、気絶した。

「やれやれ」
「……ええと……一体何が……」
「痴漢じゃないか?」
「ええっ!?そ、そうなのかなっ!?」
「違ったとしてもお前に襲いかかったんだから犯罪者だろう。縛って連れていけ」
「う、うん……」

男を縛って、背に担ぎ上げる。気絶した男は小太りなこともあり、なかなか重かった。

「うう……重労働だなぁ……」
「手伝ってやろう」

小手状態から小竜状態に変化したドゥルーガは、小鳥のように男の背に留まると、首の後ろ側の服を掴んで持ち上げた。

「そ、それじゃ、その人の首が絞まらないかな?」
「死ななきゃいいだろ。死んでも構わないとは思うが」
「死んだら困るよ、ドゥルーガ。うう、この人起きないよね?大丈夫だよね?」

さすがに痴漢を背負っているときに目覚められたら、気持ちが悪い。
そう思いつつ問うと、当分目覚めないだろうとドゥルーガ。

「そっか、よかった」

男の人が死なない程度に手伝ってくれ、とスティール。
死んでもいいだろうに、と言いつつもドゥルーガは手加減しつつ首元を持ち上げた。

「うーん、それにしても犯罪者を背負うことがあるなんて思わなかったなぁ」

先輩達ですらまともに背負ったことは殆どないのに、とスティール。

「背負いたいのか?」
「いや、あんまり……。誰かを背負うって負傷したとき以外、滅多にないと思うんだよね…」

背負うという行為にあまり良い想像ができないのだ。

「背中越しの体温って悪くないけど……やっぱり一緒にベッドで眠っているときがいいや」

そうしてたどり着いた近衛第一軍本営でスティールは男を当番の兵に預けた。
明日以降、専門の騎士によって取り調べが行われることになるだろう。