資料を手に、隊へ戻ったスティールは、説明のために隊員を集めた。
しかし、集まった人数は少なかった。
現在は実りの秋。どこも忙しい時期のため、秋は長期休暇制度が設けられている。
他国からの侵略も少ない時期のため、軍も閑散としている。
スティール中隊も例外ではなく、集まったのは騎士のみで30名ほどであった。
スティールが仕事について説明すると、室内は微妙な空気が満ちた。
「痴漢退治……?」
「なんでうちが?前回もうちだっただろーが」
山へ家畜泥棒を捕まえに行ったのは記憶に新しい。
「上からの命令ですので…」
顔が原因ですとは言いづらいため、スティールが言葉を濁すと深く突っ込まれはしなかった。上からの命令というのは騎士にとって絶対なのだ。
「ま、なんとなーく理由は判る気がするけどね」
軽く言ったのはカナックだ。
遊び人に近い性格の彼は、真相を見抜いているらしく、意味ありげにスティールへ視線を向けた後、『囮は誰にしますか?』と問うた。
「男も女も節操なく狙う痴漢。一人で夜道を歩いているときに狙ってくる。…となると、囮になって捕まえるのが一番でしょう」
カナックの言い分はもっともだ。
しかし、問題がある。ここにいるメンバーは全員騎士なのだ。
「……俺たちが狙われるかな?」
首をかしげたのはキリィ。黒い髪に切れ長の茶色の瞳を持つ、怜悧な雰囲気の騎士だ。
近衛騎士が武術に長けているのは知られている。そもそも狙われるだろうかとキリィは問題提起した。
「もちろん、制服だったら狙われないでしょうね。ですが、私服ならどうでしょう。近衛騎士全員の顔を犯人が覚えているとは思えません。いかにも狙われそうな隙の多い格好でふらふら出歩いていたら、ひっかかるかもしれませんよ」
「うーん…」
「それにこれは仕事ですよ」
やりたくなかろうがやらねばならない、と言いたいのだろう。
カナックの意見に副官の一人オルナンが頷いた。
「その通りだ。やる、やらない、じゃない。やらねばならない。それじゃ、こちらで囮役を指名するぞ。カイザード、ラグディス、隊長、ジョスラン、キーネス、以上だ」
顰め面になったのはカイザードとラグディス。
少し不安げな顔になったのはジョスラン。
思いがけない指名に慌てたのはスティールとキーネスだ。
「え?俺は?ちょっとオルナンさん、俺は?」
逆に入っていないことで怪訝そうに問うたのはカナックだ。
「人手不足で忙しい時に全員出してられるか!お前は補給担当だろうが。痴漢退治など他の連中に任せておけ」
「ええええ!!俺も痴漢退治の方がよかったんですけど!!」
中隊の補給担当であるカナックはデスクワークから逃れられないと知り、がっくりと肩を落とした。
そこへカイザードが片手を上げた。
「オルナンさん。ラグディスは少々悪しき経験がありまして、外していただけないでしょうか?」
「しょうがないな。じゃあ交代でソーン、お前が入れ」
「了解ッス」
そういえばラグディスは学生時代に強姦被害を受けたことがあった。カイザードはそれを思い出したのだろう。
ラグディスは軽く頭を下げて謝罪し、カイザードとソーンには短く礼を告げた。
「ありがとう、カイザード、ソーン」
「おう」
「ウス」
その様子を見つつ、スティールは恐る恐る手を挙げた。
「あの、俺って……囮向きじゃないと思うんですけど……もっと格好いい人の方が…」
スティールの意見にオルナンは肩をすくめた。
「全員顔がいいヤツにしても捕まえられないかもしれないだろ。犯人の好みが判らない以上、いろんなタイプがいた方がいい」
「はぁ……そう…ですか…」
「なぁに、本命はそこの二人だ。期待しているぞ、カイザード、ソーン」
「はい」
「了解ッス」
顰め面ではあったが、カイザードとソーンは返答しつつ頷いた。
ソーンは少しクセのある金髪を肩まで伸ばした二十代前半の騎士だ。囮役に選ばれただけあり、なかなか容姿がいい人物である。ちなみにカイザードたちと同期であるが、仲は良くも悪くもない。お互いに対して無関心なのだ。
「た、隊長!!ね、ね、狙われたらどうしたらいいんでしょうか?」
青ざめているのはキーネスだ。もう一人の副官である彼は少々気が弱いところがある。しかし、スティールの副官として抜擢されただけあり、それなりに腕がいいのだ。一般人相手なら負けることはないだろう。
「ええと、捕まえなきゃいけないから…縄を持ち歩いていたらいいんじゃないかな?」
「縄ですね、判りました!!」
若干見当外れの返答ではあったが、キーネスを納得させることができたらしい。
「いざとなったら殺していいですか?」
やや青ざめた顔で問うているのはジョスランだ。彼はカイザードたちほど目立つわけではないが、整った容姿をしている。
「基本的に殺害は禁止だ。捕らえるように。命の危険を感じたときだけ自己防衛として殺害を許可する」
「判りました」
青ざめた顔で何やらブツブツと呟いている様子は不安を感じさせる。痴漢がジョスランを狙わぬよう祈っておいた方が良いかもしれない、とスティールは思った。
「隊長。狙われないとは思うが、ちゃんと狙われそうな格好をしてうろつくようにお願いしますよ」
「は、はい…」
オルナンに言われ、スティールは悩みつつ、他人事のように周囲の様子を眺めているラーディンを振り返った。
「あのさ、痴漢に狙われそうな格好ってどういうのだと思う?」
「ええ…?考えたこともねえなぁ、そんなの」
「囮に選ばれなくてよかったね、ラーディンは」
「俺は体格がいいからな〜。囮役には選ばれないだろうって思ってたよ。とりあえず露出の多い格好をしてみたらどうだ?」
「うーん………かえって避けられそうな気がするんだけど」
「どんな格好を想像してるんだよ?」
「だって、俺の腕ってこうだよ?」
スティールは左腕を突き出しつつ、袖を捲った。濃い緑と青の印が絡みつくように腕の付け根から手首までを覆っている。
「右も左もこうだからさ……」
「そういえばそうだな…」
おかげでスティールは人目のあるところでは腕を露わにしないようにしている。夏場も薄手のシャツを羽織っているほどだ。暑いがこればかりは仕方がない。目立ちすぎるのだ。
(うーん、痴漢に狙われそうな格好なんて判らないから…普通の服で行くか…)
恐らく一番狙われやすいのは、オルナンの予測通り、カイザードとソーンだろう。次にジョスランといったところか。
(痴漢かぁ……先輩たち、大丈夫かなぁ……)
武術の腕がいい二人だ。一般人相手ならまず負けることはないだろう。
しかし、万が一ということがある。
(うう、心配だなぁ。何事もなく終わるといいけど……)
できれば二人の護衛をしたいところだが、自分も囮役に選ばれた以上、そういうわけにもいかない。
今回選ばれなかったラーディンに頼みたいところだが、秋は人手不足だ。休暇中の騎士や兵士の代わりにシフトを回さねばならず、人的な余裕はない。結局自力で何とかするしかないのだ。
「狙われやすい服って持ってるか?」
「さぁ……露出を多くすればいいんじゃないか?腕や足を出して」
カイザードとソーンが似たような会話を交わしている。やはり若い男だけあり、考えることは同じようなもののようだ。
(先輩に露出の多い服なんて人目のつくところで着て欲しくないなぁ……やっぱりこの仕事イヤだなぁ……)
重くため息を吐くスティールであった。