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◆山羊泥棒とハーブ入りパンの話(3)


凹むスティールを余所に、突入組は手際よくアジトに籠もっていた山賊を退治したらしい。
捕らえられていた家畜は大きな籠に入れられ、紐でゆっくりと崖の下に降ろされた。
持ち上げる側だったら大変な力仕事だっただろう。しかし、今回は崖の上層部の洞窟から慎重に降ろすだけだ。スムーズに済んだ。
少し怯えて興奮していた家畜に優しく声をかけて宥める。刈っておいた草を食べさせると少し落ち着いたようだった。
そして教えられたかけ声をかけながらゆっくりと山を下りていった。

「ただいま戻りました」

村には日が暮れる間際にたどり着くことができた。

「おお!」

村長は家畜を一通り見た後、スティールをマジマジと見た。

「縛らなかったようだな」
「声をかけるとついてきましたよ。いい子たちばかりですね」

うむ、と村長は満足そうに頷いた。

「よく助けてくださったな。礼を申す」

スティールが家畜を縛って無理矢理引っ張って連れてこなかったことを評価してくれたらしかった。

「あと、これ…途中で見つけたので、よろしかったらどうぞ」
「なんだ、それは?」
「膝の腫れと痛みに効く薬草でテシーバ草といいます。草汁に効能があるので、よくすりつぶして膝にあててください。毎日取り替えることをオススメいたします」
「お主、騎士ではなかったか?騎士はそんなことまで教えるのか?」
「俺は南のルォーク地方出身で薬師の家の生まれです。印が強かったので、士官学校に入れられましたが薬師の子として育ちました。お隣が牧場でした」
「なるほど。それで慣れておったのか」

薬草はありがたくいただこう、と村長。

「あの、よろしかったらどうぞ」

村長の娘らしき人物に、籠に入った焼きたてのパンを差し出され、スティールはありがたく礼を言って受け取った。
その様子を見て少し不機嫌なのはラーディンとカイザードだ。
パンにはハーブやチーズが練り込まれているのか、ほのかに香草の香りがした。

今夜はこの村で休み、明日、王都へ戻ることになる。
小さな村には中隊を泊めるだけの余裕がないため、邪魔にならぬような村はずれの場所だけを借り、天幕などを張って休むことになる。
村の人々からポトフやパン、ミルクなどが差し入れられ、ささやかな夕食が始まる。
皆とたき火を囲んで食べていると、隣にラーディンがやってきた。目はスティールの隣にある山盛りのパンに向いている。

「スティール、俺にも食わせろよ」
「うーん、一個だけなら」
「ケチケチするなよ、そんなにあるのに」
「いや、これたぶん、オルナン宛だと思うんだよね……」
「は…?」
「あの村長の娘さん、ずっとオルナンばっかり見てらっしゃったから…」
「オルナンには渡さないのか?」
「それが、オルナンはこのパンに使われているハーブの匂いがダメなんだってさ。…断られた…」

感想を聞かれたらどうしよう、気まずいなぁ、とスティール。
うまかったと答えたらいいだろ、とラーディン。パンがスティール宛ではないと知ったため、笑顔だ。
そこへカイザードがスープ皿を片手にやってきた。

「スティール、そのパン食わせろよ」
「あ、うん、いいけど、その…」
「じゃあ貰うぞ!」

カイザードはスティールの返答をろくに聞くことなく、籠ごと持っていった。

「あ……」

カイザードが戻った先にはラグディスやジョスラン、カナックがいる。中隊でも目立つ美形騎士たちに配られたパンは瞬く間になくなったようだ。

「……あ〜っ……どうしよう。オルナンがまだ食べてないのに」
「いや、断られたんだろ?」
「けど、あの娘さん、オルナンのために作ってくださったんだと思うんだけど…」
「断られたんならしょうがないだろ」
「うーん……」

手元には食べかけのパンがある。まだ半分ほどは残っている。食べかけで悪いがこれを渡そうか。味見ぐらいにはなるだろう。
しかし、そんな考えを読んだかのように、横から伸びてきた手が食べかけのパンを奪った。

「え、ラーディンっ!?」
「俺まだ全然食べてねーんだよ。半分ぐらいいいだろ。くれよ」

返事を聞く前に食べている。
スティールはパンがなくなったことでようやく諦めた。

(しょうがないかぁ……)

絶対にオルナンに食べさせてくれと頼まれたわけではない。彼女がオルナン狙いであると、気付いてしまっただけだ。
そしてオルナンには王都に恋人がいる。この恋が実らない可能性が高いのは確かだ。

(しょうがないけど……なんか……申し訳ないなぁ)

せっせとパンを作ってくれたことを思うと、やはり申し訳なくなる。
しかし、匂いが苦手だというオルナンに無理矢理食べさせるのも何だか違う気がする。
複雑な気持ちになるスティールであった。