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◆山羊泥棒とハーブ入りパンの話(4)


翌朝、スティールたちは村長の家へ出立の挨拶へ向かった。
村長の家の前には話しを聞いたのか、他の村人達も集まっていた。見送りに来てくれたらしい。口々に礼を言われる。
スティールたちは特に答えることなく、ただ応じるように頭を下げた。こういった場合は過剰な返礼をしないようになっているのだ。ただ、気持ちに答えるよう、シンプルな礼をすればいいということになっていた。

「腫れが収まってきた。ありがとう」
「それはよかったです」

薬草がよく生えそうなポイントを教えると村長は控えめではあるが、笑みを見せて頷いてくれた。

「あの、これ、お昼にでもよかったらどうぞ」

村長の娘に差し出されたのは見覚えがあるパンだ。今回は持ち帰り用だからだろう。草で編んだ簡素な籠に入っている。
村長の娘の視線はやはりスティールではなく、スティールの背後に立つ副官のオルナンに向けられている。スティールは娘の正面に立っているため、最初から微妙な視線の違いに気づけたのだ。
しかし、その籠は横からでてきた腕に奪われた。

「これ、昨日うまかったんだ、ありがとう」

籠を奪ったのはカイザードだ。にっこり笑顔のオプション付きだ。

「な、ラグディス」
「あぁ、確かにうまかった。ありがとう、ごちそうになる」

中隊の中でも特に目立つ美形二人に笑顔を向けられ、村長の娘は真っ赤な顔で立ちすくんだ。驚きと緊張のせいか、ろくに返答もできないようだ。
キャア、と歓声が上がる。遠巻きに様子を見ていた若い女性達の声だ。
やれやれと言わんばかりに村長がため息を吐き、村長の嫁らしき女性は小さく笑った。
そうして、小さな村の住人に見送られ、スティールたちは村を起った。


++++++++++


「全くお前達は。隊長に渡された贈り物を横から奪うとは何事だ」

帰り道、年長の騎士らしく、カイザードらを怒るオルナンに、スティールは口を開いた。

「あの、オルナン、それですが……やっぱり一口ぐらいは食べてあげてくださいよ」
「俺はあのハーブは苦手だと言ってるだろうが。仕事への礼なんだから、中隊の誰が食ったっていいだろ」

育ち盛りの若い連中に食わせておけ、というオルナンにスティールはため息を吐いた。

「あのですね、あの娘さんは、オルナンに食べて欲しいんですよ」
「何だって?」
「そうだったのかよ。俺はてっきりまたスティール目当ての女かと思ってた!」
「ちょっと待ってください、カイザード先輩。また、ってなんですか。前回なんてありませんよ」
「あるだろ!あの王都のケーキ屋の女だろ、裏通りにある青い看板の酒場の女だろ!あと…」
「いえいえ、絶対違いますから。そんなこと先輩と一緒に行っててありえませんから」

スティールに言わせれば、目立つ美形のカイザードと一緒で、自分の方にそういった視線を向けられるというのはあり得ないことなのだ。

「へえ……そんなにスティール狙いの女がいたのか……知らなかったな…」
「ラーディン、信じないでよ、誤解だから」

ラーディンの目が据わっている。
誤解が飛び火し、スティールは慌てた。

何の痴話喧嘩だ?と面白そうに笑っているのはカナック。彼はこういった類の話が大好きなのだ。
誤解を受けているスティールを気の毒そうに見ているのはジョスランだ。

「さすが隊長、モテるんですねー」

素直に感心しているのは副官の一人キーネスだ。彼は純粋にスティールを尊敬している人物である。

「そうだな。だが、この手の喧嘩は関わらないに限る。さっさと行くぞ」
「はいっ」
「あ、待ってください、オルナン!パンはっ!?」
「お前達で食べておけ。そのハーブは嫌いだ」

じゃあ遠慮無く…と籠に手を伸ばしたのはラグディスだ。彼は純粋にパンの味を気に入ったらしく、嬉しげに複数掴むと、そのうちの2つを後方にいる騎士たちに渡した。
歩きながら食べるというのは行儀が悪いが、殆ど人通りのない山中である。多めの数のパンも中隊メンバーで分けるとあっという間になくなった。
空になった籠にカイザードが印で火を点ける。草で編まれた籠はあっという間に灰になった。

「美味しかった。このパンに使われたハーブが嫌いなんて勿体ないな、オルナンは」

パンを平らげたラグディスがそう呟くと、スティールは頷いた。

「そうですね。けど、クセの強いハーブは好みが分かれますからね」

とうとうオルナンには食べてもらえなかったな、と少し残念に思うスティールであった。

<END>