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◆ディガンダの黒犬(25)

それから二年ほどの月日が経った。
ロディールは新たに作った家で暮らしていた。
診療所として建てたため、普通の家とは少し違った作りとなっている。
護衛のセシャンと一緒に暮らしているが、その護衛は近所にあるイルファーンの家に通うようにして暮らしている。
ロディールの家の方にはロウタスがやってくることが多い。
そのロウタスとは現在、問題が生じていた。なかなか子供ができなかったのだ。
結果、ロディールは他の相手に産んでもらうことにした。
相手として選んだのは、ロウタスの異父兄アガールである。

「子供…を…?」
「あぁ、産んでくれないか?もちろん強制じゃない」

場所はアガールとロウタスの家である。
ロウタスは顰め面だ。ロディールも少々困り顔である。
しかし、子を産んでほしいという申し出にアガールは喜んだ。

「いいよ!センセーの子なら喜んで産む」
「ありがとう」

ロディールはホッと安堵したように笑み、日時は後日決めようといい、去っていった。往診の予定があるそうだ。

「恨みなら聞かないぞ。お前は俺の一番欲しいものを取っていったんだからな」

アガールの台詞にロウタスはそっぽを向いた。

「…ふん…」

最初にロディールに惚れたのはアガールの方だった。
ロディールが好きだと公言したのもアガールだった。
恋愛は順番ではない。
勝ち負けでもない。
しかし、結果はロウタスがロディールを奪って結婚した。これが事実だ。
お互いしかいない大切な肉親。口には出さないが、助け合って生きてきた。それでも惚れた相手は譲れなかった。

無茶を繰り返したロウタスの体は子供を育むのに適さない体となっていた。
名医として名をあげているロディールがいうのだから確かなのだろう。
子が欲しいというロディールとロウタスはいろいろと方法を試みたが、できなかったらしい。
ロウタスと一番近い血縁のアガールに頼むという結果になったようだ。

(うわ、すげえ嬉しい。センセーに抱かれることができる。子供を作れる……!)

もうずっと諦めていた。
密かに泣いたことも一度や二度じゃない。
選ばれたロウタスがうらやましくてねたましくてしょうがなかったこともある。
それでも一人しかいない肉親だ。憎みたくはなくて、どうにか他に眼を逸らそうと努力した。
失恋してからのアガールは女性に目を向けた。男を見るとどうしても好きな相手と比べてしまうからだ。子を産むことは諦め、女性と結婚して子を作ろうと思っていた。
それでもロディールと会えば、好きだな、と思う自分を止められなかった。
戦士の一族であるリースティーアは、プライドが高いため、滅多に男に惚れることがない。その代わり、惚れたら生涯その相手を愛し続けると言われるほど強い想いを抱く一族だ。
アガールも例外ではなく、吹っ切ろうとしても吹っ切ることができなかった。
イルファーンのように新たな相手との出会いもなかったため、ずるずると想いを引きずっていたところだった。

「俺も産む。あいつの子が欲しい」

ボソッとロウタスが呟く。
彼もまた諦めたわけではないらしい。
子を作るのは難しいと判っているのだろうが、諦める気はなさそうだ。
好きな相手との子供が諦めきれない気持ちは判るため、アガールはただ頷いた。

「子供用の品を用意しないとな」
「お前、気が早すぎだ」
「センセーに気が変わられると困るんだ。俺はお前と違うからな…。やっぱり女に頼むと言われたら困る」

母胎としての安定率は女性の方が高い。
そして、あくまでも代理で子を産む立場だ。そのことをアガールは自覚している。
たとえ代理とはいえ、このチャンスを逃がす気は全くない。

「それはねえよ。俺が……頼むならアガールにしろって言ったんだ。それ以外許さねえって」
「!!」
「女を抱いたら殺すって宣言しといたからやらねえだろうよ」
「ロウタス……」

ロディールはとてもモテる。当人に自覚はないようだが、とても人気が高いのだ。
そして島には独身女性もいれば、女性カップルもいる。同性カップルの場合、そういう相手と子を作ることも多い。この世界は婚姻相手以外と子を作ることが珍しくない世界だ。
それでも人の感情はデリケートだ。抵抗ある者はいる。

「ちゃんと抱かれてこいよ」
「!」
「あいつ、抱かないで子を作ることができるらしい。だから抱かれない可能性があるぞ。ハッキリと言って抱かれてこい」
「抱かないで子が作れるって……なんで?」
「『聖ガルヴァナの手』だ。子種を相手の腹へ直接入れることができるらしい。同性同士のカップルで体を重ねないで子を作りたい時にやる方法だとか言ってた。たぶんあいつ、その方法で作る気だぞ。相手の体の状態を調べてからそれをやれば、ほぼ確実に子を作れるって言ってたから」

俺はそれでも無理だったが、とロウタス。
さすがはロディールだとアガールは感嘆のため息を吐いた。

「ちゃんと抱かれてこい。お前だから許すんだ。他のヤツだったら殺してる」

兄の想いを知るロウタスなりの気遣いなのだろう。
不器用な弟らしく、そっぽを向いたままそう言うロウタスにアガールは無言で頷いた。