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◆ディガンダの黒犬(22)

マトヴェイの回復が順調であるため、カルヴァーラと合流するのはノルティモ島と決まった。
連絡には鳥が使用された。
伝書鳩より若干小さめの白い鳥は『シェーシェ』と呼ばれる海鳥で、どこにいても、つがいの元へ帰れるという鳥だ。そのため、常に移動する船乗りたちには重宝されている。
今回はカルヴァーラからオスを預かっていた。
そろそろ回復したから預かっている船員を帰したいという手紙を渡したところ、カルヴァーラ側に預けていた鳥が返事を持って戻ってきたというわけだ。
『つがいの元へ帰る』という本能を利用した使い方であるため、何度も行き来させることはできないが、こういう風に一度だけ使うには便利なため、船には必ず何羽かつがいで乗せている。

天候が良かったこともあり、ノルティモ島には予定どおりの日数でたどり着くことができた。
ノルティモ島はかなり大きな島だった。近づくにつれ、港町の大きさが伝わってくる。
島の先には大きな灯台、整備された港湾には大きなガレオン船が複数並び、二階建て、三階建ての建物が複数並んでいる。

「海賊は西側に泊めるんだ」
「決まりか?」
「暗黙の了解ってやつだな。東側に海軍の施設があるんだ。だから海賊は西側に泊める。中立地帯だが、余計なもめ事を起こしたくないのはお互い様だからな」
「なるほど」

陸へ降りたロディールは船員たちのアドバイスを受けつつ、薬を買ってくれるであろう店を教えてもらった。
薬は専門的な品であるため、売り買いも相応の知識を持っている店でしか出来ないのだ。
そうして見つけた薬屋に入ったロディールは思わぬ相手に再会した。

薬屋らしく、独特の匂いが広がる店の奥に腰の曲がった老人が座っていた。
老人は客側のようだ。カウンターの手前の椅子に座り、店主である中年の男と会話を交わしている。
店には至る所に薬の元となる束ねた草や骨が並んでいる。老人の手元にも購入品が入っているのであろう革袋があった。その革袋の上に乗った手の平サイズの生き物に見覚えがあった。

「ロス?」

一見、緑色の蜥蜴に見える生き物は、ピッと背を伸ばし、驚いたように振り返った。

「久しぶりだ。覚えていないかもしれないがロディール・ローグだ」
「ローグ……ラティールの孫か」

緑竜の使い手であった祖父はラティールという名だった。

知り合いか?と問うた老人に、前の使い手の孫だ、と緑竜は答えた。
老人が今のロスの使い手らしい。ロディールは名乗って頭を下げた。

「お主も薬師か?」
「はい。今は船に乗っています」

すごい知り合いですねと笑うセシャンに肩をすくめ、カウンターの店主に買い取ってほしいと薬を入れてきた袋を出すと、店主は『緑竜の知り合いじゃボッタくれないな』と笑いながら受け取ってくれた。
老人はこの島に住まう薬師だという。子や孫が後継者として頑張ってくれているので安心して隠居生活をしているのだそうだ。
相変わらず無口な小竜は、最近、老人と知り合ったらしい。

「ワシのような老いぼれじゃなくて息子や孫を使い手に選べばよいのにのう」
「俺にも好みがあるんでな」
「それでワシを選ぶか。そりゃワシの方がよい男ということじゃな。判っておるではないか」

さすがじゃのうと笑う老人は快活な性格のようだ。物静かだった祖父とは正反対だが、好感が持てる。
やがて計算が終わったようだ。提示された金額を見て、ロディールは頷いた。どうせこの島の相場が判らないのだ。見ても判らない。しかし、ロスの使い手がひいきにしている店ならば信用してもいいだろう。

「オススメの薬はあるだろうか?この島で購入できるという意味でだが。西の大陸で入手できる薬ならば知っているから不要だ」
「この島は北と東からも品が入ってくる。それなりに要望には応じられるよ」
「それは嬉しいな。船乗りとしては未熟なので船上でのオススメもあれば教えてもらえるとありがたい」
「ならばシジャの種だね。ものすごくビタミンが豊富なんだ。口の中で砕いて飲み込むといい。できれば水でね。味はよくない」
「もらおう」
「あちらの薄水色の骨が見えるか?北の大陸にのみ生息するマリガル獣の骨だ。造血及び骨の生成作用に優れている。その隣の黒い角がリガ鹿の角だ。ティシエン病によく効く」

ロディールは鞄から紙を取り出すと、ペンとインクを借りてメモを取った。

「勉強になる。ありがとう」

そこで老人に家へこないかと誘われた。

「ロスの前使い手の孫なら大歓迎だ。西の話も聞かせてくれ」

セシャンも来ていいという。
ならば断る理由もないとロディールはありがたく受けることにした。

「ありがとう。世話になる」