なんだかんだ言いつつも耐えきれなくなったマトヴェイを定期的に『聖ガルヴァナの腕』で相手をしているうちに、ノルティモ島が見えてきた。
ロディールと歳が近い船の新人であるシンバとニスカは特に嬉しそうだ。
「あー、花街に行くのが楽しみだな〜」
「だな!!」
シシシっと笑うニスカは明るい茶色の髪をした小柄な青少年だ。シンバと同じ17歳だが小柄な体格で15歳前後に見える。
「ロディールは初めてだろ?でかい色町があるから案内してやるよ!」
「あー、でもロディールは行かない方がいいかな?ロウタスがいるし」
「イルファーンもいるしな。なぁ、本命はどっちなんだ?」
気になっているんだよと好奇心いっぱいの二人にロディールは少し驚いた。
特別に隠していたつもりはないが、船の最年少コンビにまで知られているとは思わなかったためである。
「ロウタスはともかく、何故イルファーンのことを知っているんだ?」
「え?みんな知ってるぜ」
「アガールが話してたし、イルファーンも否定してなかったしな」
「狭い船にこれだけの人数がいるんだからどうしてもわかっちまうって」
「ロディール、今、マトヴェイを抱いてるだろ。おかげでロウタスとイルファーンの機嫌が最悪なんだぜ」
「医務室の前を通ったときとか、声が聞こえちまうんだよ」
「早く何とかしてくれよな」
ロディールは煙草の葉を咥えた。
海賊業というのは思った以上に人間関係が明け透けのようだ。
ここまで明け透けでいいのかと少し疑問に思ってしまう。
「ロディールはモテるよな、うらやましいぜ」
「あのマトヴェイもいい男だしな」
「うらやましいぞ、ロディール」
そんなものかと思いつつロディールは眼を細めた。
たった3,4歳しか違わないというのにこの元気さや好奇心旺盛さはなんだろう。10歳ぐらい違うように感じるロディールである。
実際はロディールの方が年齢に似合わず落ち着きすぎているのだが、その自覚がないロディールは、こいつら若いな、などと達観しつつ火を点けた。
「お前も渋いよな、ロディール」
「煙草吸う仕草とか手慣れてるしよ。あまり歳離れてないって思えねえや」
「若いのにオヤジくさいところが良い方に動いてるよな、お前」
ロディールは呆れて黙り込んだ。
煙草を吸っているだけでオヤジくさいなどと言われ、渋いと言われても褒められているようには聞こえない。
「それで花街には行かないのか?」
「花街はどうでもいいが、薬屋には行きたいな。余分な薬を売りたいんだ」
なるほど、とシンバらは納得したような顔になった。
「お前、今までの報酬でつかえねーような薬ばっか欲しがってたからな。だから宝石の一個ぐらい貰っておけって言っただろ」
「別にそれに不満はない。量が増えすぎただけだ」
薬にも使用期限がある。湿気ったり腐ったりする前に使い切れなければ捨てるしかない。
海上では使わないような薬や多すぎる薬を売りたいと思ったのだ。
薬なんか売れるのかと首をかしげる二人に対し、売れるさとロディールはあっさり答えた。
医師と縁が薄い海賊は知らないかもしれないが、薬というのは常に一定の需要があり、確実に売れる品なのだ。
(そういえば媚薬があったな)
預かりっぱなしになっている質の悪い薬だ。
(興味深い。研究してみたいな)
知識欲と探求心が動きだし、ロディールは脳裏で手持ちの薬をリストアップしていった。副作用がなかったら、確実に売れるだろう。問題はどうやって実験するかだ。
ロウタスは絶対に嫌がるだろう。体への負担も気になる。
イルファーンには使う気がしない。
ロディールは目の前の二人を見つめた。
十代後半、若くて元気があり余っている二人だ。
「お前ら、恋人いるのか?」
率直な問いは二人を憤慨させた。
「悪かったな、いなくて!!」
「いたら色町なんかいかねーよ!!」
残念ながら若くて元気な二人には実験台になってもらえないようだ。
そんなことをロディールが考えているとはつゆ知らず、二人はロディールばかりモテてずるい、何故そんなにモテるんだと怒っている。
ロディールはクッと笑った。
「モテる練習をしてみないか?」
「そんな方法あるのか?」
「練習って?」
「実はディネの徒花の成分を調べたくてな。サイアクの毒とまで言われているこの毒を解明できたら素晴らしい薬が作れそうな気がするんだ。薬と毒は背中合わせだからな。サイアクの毒は最高の薬になる可能性を秘めているんだ」
だから実験に協力しろと笑顔で言われた二人は顔を引きつらせた。
「それって実験台ってことじゃねーか!!」
「そんなもんを使おうとするんじゃねえ!!」
「大丈夫だ。解毒剤は用意してやる。それも研究の一貫だからな」
「怖えよ!!」
「失敗したら『毒障浄化』で消してやる」
「そーいう問題じゃねえっ!」
そこへ新たな声がかけられた。
「何の話をしているんだ?」
「あ、アガール!!」
「助かった!ロディールのヤツ、ディネの徒花の実験台になれっていうんだよ!」
まずいところでまずい相手に話を聞かれたようだとロディールは軽く顔をしかめた。
ロディールはそうにぶくない。アガールからの好意には気付いていた。
「ちょっとした冗談だろうが」
ホントかよ!?本気だっただろ!と騒ぐ二人に軽く手を振り、ロディールは船室へ向かった。医務室がある方角だ。すぐにアガールが追ってくる。
「センセ…」
「冗談だ」
「あぁ。でもセンセがその気になったら言ってくれよ。やってもいいぜ」
「……」
本気か嘘か判らず、何とも言えずにロディールが振り返るとアガールは苦笑した。
「……冗談だよ」
「……」
「だから、俺のこと嫌わないでくれよ、センセ」
嫌ってはいない。そう反論しかけてロディールは黙った。言っても無駄だろうと思ったからだ。そのため、ただ、頷き返した。
「よかった。アンタに避けられるのはきついんだ」
避けていただろうか、とロディールは思った。
自覚はなかった。しかし、無意識のうちに避けていたかもしれない。
医務室へたどり着き、ロディールは振り返った。
「治療する。しばらくこの部屋に近づかないように言っておいてくれ」
笑みを見せていたアガールは表情を強ばらせて頷いた。
マトヴェイが媚薬の副作用に悩まされていることは誰もが知っている事実だ。その治療法の一つに性行為が含まれていることも知られている。人払いの理由は簡単に判るだろう。
すでに知られている以上、ヘタに隠すよりもいいとロディールは誤魔化さない。
(一体どうすればいいんだろうな……)
アガールはロウタスの異父兄だという。彼らとの人間関係が崩れるのは本意ではない。
顔を強ばらせて去っていった相手を見て、苦い表情でロディールは医務室へ入った。
どうにも後味が悪かった。