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◆ディガンダの黒犬(18)

ロディールが島に戻って三日目の夜のことである。
そろそろ寝ようかと思っていたところ、ばあさんの具合が悪いと飛び込んできた島人に呼ばれたロディールは、セシャンと共に往診へと向かった。
そのため、一人で眠ったイルファーンは小さな物音で目を覚ました。

(先生が戻ってきたのか?)

それにしては様子がおかしい。そもそも入り口が開く音もしなかった。
イルファーンの住まう家は祖父母の世代から使っているため古く、扉の立て付けもよくない。そのため扉を開くとき、音がするのだ。
イルファーンは窓から侵入しようとしている男を見つけ、飛び起きた。

「何をしている!!」

次の瞬間、飛びかかってきた男をイルファーンは跳び避けた。
闇夜にぎらりと光るのはナイフ。明らかな殺意を持って襲ってきた男にイルファーンは身構えた。

「判っているのか?味方殺しは言い訳無用の大罪だぞ!」
「今更……犯罪者たる海賊に大罪も何もあるか」
「落ちるところまで落ちたな、ジョルジュ!!」

侵入してきた男はジョルジュであった。
恐らくロディールを狙ってきたのだろうが、入れ違いでロディールは留守にしていた。そしてイルファーンが侵入に気付いたのだ。
ジョルジュは腕がいい。イルファーンは船の幹部だが、ジョルジュも十分腕のいい戦闘員だ。そして印よりも近接戦を得意とする男である。

「お前も同じ穴の狢だ、イルファーン」
「…何?」
「俺が気付いていないと思うなよ。あんな熱っぽい目で見てりゃ気付くに決まってる。
ロウタスに取られていながら、ただ見るだけで満足しているのか、お前は?」
「……俺のことなど関係ないだろう」
「視線で犯すような強い眼で見つめながら、一つも行動しない。お前はただの臆病な負け犬だ。目の前で獲物を捕られていくのをただ眺めることしかできない、臆病な負け犬だ。
どんな手段だろうと必要なものは手に入れるのが海賊。奪われた方が負けだ。惚れた男に言葉一つ言えねえテメエが俺に説教か?笑わせるな」
「何と言われようがお前のやっていることは違反行為だ。俺はお前を処罰するだけだ」
「残念だな。お前とアガールだけは判ってくれると思ったのによ。俺の気が狂いそうな想いを理解してくれると思ったんだがな」
「ジョルジュ……」
「俺は人間だ。見ているだけで満足はできねえ。憎しみだろうと俺だけを見させたいし、感情を向けられたい。絵や彫刻じゃねえんだ。反応が欲しい。どんな形だろうと俺への感情が欲しい。俺は人間だ。眺めるだけじゃ満足できねえんだ」
「……それでもお前の行為を許すわけにはいかない。俺はディガンダの海賊、お前がやっていることは仲間殺しの大罪だ!!」

ジョルジュの言葉に引きずられそうになる己を戒めるように叫び、イルファーンは動いた。
月の光に照らされた刃が室内に煌めき、反射する。
ほぼ闇夜の中の攻防は、一瞬で勝敗が決まった。