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◆ディガンダの黒犬(17)

結婚式当日は快晴だった。
祝いの声があちらこちらから飛んでいる。
煌びやかな屋根のない馬車に乗り、道中の人々の祝福を受けているのはアルドーとココ姫だ。
美男美女だけあり、その様子はとても見栄えがして美しい。
美しい公爵夫妻に笑顔で花を巻く、沿道の人々の表情も晴れやかだ。心から公爵夫妻を祝福しているのがよく判る。
三大公爵家のミスティア領は代々よき統治が続いているだけあり、領主も慕われていることがその様子からもよく判る。
城からは祝いとして、酒や食料がふんだんに振る舞われ、お祭りムードは最高潮に達している。

ロディールはというと、城のバルコニーから城下の様子を遠目に眺めていた。
側にいるのは二人の子供だ。
アルドーに預けられたアルディンとジャンニに預けられたベルクートだ。

ベルクートは人見知りが激しく、アルディン相手に何も喋ろうとしなかった。
あのジャンニの血縁なのにと意外に思いつつも、ロディールは二人の子供に大きめのパズルを与えた。
二人の子供は気に入ったのか、数組のパズルで、無言で遊んでいる。
一応、協力し合っているのか、時折ピースを交換し合っているようだ。
しかし、すべて無言でやりとりされているため、室内は幼児がいるとは思えないぐらい静かだ。

昨夜はアルドーと王太子であるダルレインの酒の相手をさせられた。やはりアルコール対策に呼ばれたらしい。二人によると、酒を飲んだだけで側近に説教されるのは嫌だとのことだ。ロディールがいれば気楽に飲めていいと考えているらしい。
二人の言い分に呆れたロディールであったが、最高級の酒はさすがに美味だった。
それが報酬と思えば悪くないと思いつつ、翌朝、二人の望みどおりに毒障浄化をかけて酒を抜き、悲鳴を上げさせたロディールである。

(全く……酒に懲りないのは平民も王族貴族も同じだな)

そんなロディールはケロリとしている。昔から酒で二日酔いになったことはないのだ。

そうして、手のかからぬ子供の相手をしつつ部屋でのんびりしていると、ジャンニがベルクートを引き取りにやってきた。
ミスティア家の結婚式に出ただけあり、普段はラフな姿をしているジャンニも今日は着飾っている。
港町ギランガの頭領らしく、上品さより男らしさを強調した衣装はジャンニによく似合っている。
ベルクートは義父が来たことに安堵したのか、笑顔を見せてジャンニへ駆け寄っていった。
そこへ、レナートもやってきた。
いつもより手をかけたのだろう。艶のあるストレートの金髪に宝石が編み込まれ、軍人らしくミスティア海軍の正装も、あちらこちらにつけられた宝石使いの高価なアクセサリーのおかげで華やかで豪奢なものになっている。
当人の見目の良さもあって、『美青年』という言葉がしっくり来る姿だ。

「ベルクート、楽しかったか?」

人見知りをする子供は首を横に振った。
見知らぬところで、ろくに知らぬ相手と置き去りにされたのだ。子供としては当然の反応だろう。

「この子のご両親は来れなかったのか?」
「それがどうも最近不仲のようでな……」

もうしばらく預かる期間が延びそうだとレナート。

「子が哀れじゃないか」
「そうなんだ。いずれ当家で引き取る子供とはいえ、夫婦ゲンカ中の家に戻すのも躊躇われる。幸い、うちの執事夫妻に懐いてくれているから、もうしばらく預かろうと思っているんだ」
「それがいいだろう」

そこへ赤子を抱いた女性がやってきた。アルディンを引き取りにきてくれたらしい。
アルドーの妾であるというその女性はフランカという名で、抱いている子供はアルディンの異母弟だ。
彼女はもともと、アルドーの正式な妃となれるほど血筋がよくないため、子供も最初から補佐役として育てられる予定だという。
フランカは自分の立場を弁えた控えめで聡明な女性であり、他の妃に嫉妬することなく、アルディンの世話も丁寧にしてくれているという。

(さすがにアルドーも今度はちゃんといい女性を選んだようだな)

アルディンも彼女に懐いているので、良い関係を築けているようだ。

(あとはココ姫が良き女性であることを祈るばかりだ)

アルドーやダルレインの話によると、大人しく人形のような女性だということだ。

「ココ姫は刺繍がご趣味らしい」
「ほぅ……」

本当に大人しい女性のようだなとロディールは思った。


++++++++++


ミスティア公爵家の結婚式に出た後、ギランガの頭領家の結婚式に出たロディールは、ようやくゼーター島へと戻った。
結婚式に出る前にはマリエン島からギランガへ来たわけで、二ヶ月ほども留守した計算になる。
長く不在にしたことを申し訳なく思ったロディールであったが、島民たちは、『先生も忙しくて大変だねえ』と逆に同情気味だった。理解ある島民たちにありがたく思いつつも申し訳なく思ったロディールである。
長期不在にしていたにもかかわらず、畑の薬草は元気だった。診療所にやってくる常連の老人たちが交代で世話をしてくれていたらしい。ロディールは彼らに感謝し、礼を告げた。
ロディールが乗ってきたウェール家の船にはたくさんの食料が積まれていた。
ミスティア家からの援助物資であり、今回は成婚祝いのお裾分けとして、ミスティア領の小島にも配られるのである。

「すげえな、センセ!」
「いや、俺のおかげじゃないから」
「けど今までこういうお裾分けもゼーター島にはなかったからさ!嬉しいよ」
「そうか」

マリエン島にもこの物資は行くのかとウェール家の船の船長に問うてみると、行かないとのことだった。

「あの島はどこの国にも属していないんだ」
「そんなことがあるのか?」
「西の大陸と中央大陸の間にある島だから、どの国からも遠い。その上、貧しい島だから無理に領地にする必要がない。貧乏な島は収益がなくて、うまみがないからな」
「じゃあ、この島より貧しいのか」
「いや、見た感じ、そうでもないと思うぞ。魚がよく獲れる海流が近いし、この島より耕作できる平地がある。更に東にはノルティモ島があるからな」

マリエン島自体は主要航路から外れた位置にあるが、ノルティモ島は貿易の島であり、大きな商業の島であるという。マリエン島からは数日ほどかかるそうだ。
そうして、次の小島へ行くという船を見送ったロディールは、その後、家でイルファーンにノルティモ島のことを聞いた。

「ノルティモ島は国じゃないのか?」
「国とは言えないが、独立した街ではある。
ノルティモ島は、中央大陸と西の大陸を結ぶ主要航路の一つにある島で中立地帯だ。海軍も手を出せない一種の治外法権が許されている島だ。
ウェール一族傘下にあり、商業の島なんだ」
「ウェール一族の傘下にある島。そんな島があるのか」
「ウェール一族は、大商人一族で中央大陸と東の大陸はほぼ網羅していると言われている。大きなガレオン船を何十隻も持ち、世界中に支店を持っている。本拠地こそ中央大陸のパスペルト国にあるが、大した意味はないんじゃないかってぐらい、世界中に店を持つ一族だ」
「そこまでか。それはすごいな…」
「ノルティモ島は盗品だろうが何だろうが買い取ってくれる店があるし、商業の島だから品揃えも豊富で補給しやすい。海賊も商人も海軍も平等に扱ってくれる島だから、安心して遊べる。いい色町もあるんだ」
「盗品まで買い取ってくれるのか。海軍は介入してこないのか?」
「黄竜の呪いで守られている島と言われている。以前、その島で戦おうとした海軍が大海蛇(シーサーペント)に沈められてしまったことがあるらしい」

以来、島で戦おうとする奴らはいないのだと聞き、ロディールは驚いた。何とも派手な逸話だ。

「だから島じゃ海賊も海軍も戦わないのが暗黙の了解となっている。もう100年以上、中立都市となっていて、街の治安は、独立行政府の治安部隊が守っている」

だから安心して盗品を売り、遊べ、補給ができるのだという。
海賊側もそういう町は大切だから、治安維持には協力的であり、町では悪さをしないのだそうだ。
ロディールはそれほどの島と力を持つウェール家が何故、パスペルトという国に属しているのだろうと疑問に思った。それほどの力があるのであれば、一つの国家を持つことも夢ではないのではないだろうか。

「商業の島か。行ってみたいな」
「……色町があるからか?」
「いいや、そういう島なら豊富な薬剤がありそうだからな」

ロディールが否定するとイルファーンは少し嬉しげに笑んだ。

「俺はそれほど遊び人ではないぞ」
「いや、すまない。そんなつもりではなかったんだが…」
「行く予定はあるのか?」
「あぁ、年に二回は行く島だから」
「ふむ」

元々、他の大陸で得られるという薬剤には非常に興味があったのだ。
貿易が盛んな島ならばそういった薬剤も豊富にあるだろう。

(遠いのが難だが、機会があれば行ってみたいな)

そう思った。