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◆ディガンダの黒犬(15)

目的地であるマリエン島には九日目の昼頃に到着した。
ゼーター島と大差ない小さな港に船を泊め、出迎えに来てくれた島人たちと会話を交わしつつ、積み荷を降ろしていく。
他の船員たちを手伝って積み荷を降ろしたロディールは、作業途中に、船長から島長だという老人を紹介された。

「滞在中、診察に使える家を借りたいんだが用意してもらえるだろうか?出来れば集落の中程にある家がいい。皆が集まりやすいだろうから」
「ふむ。リムさん家が借りられるかどうか聞いてみよう。一人暮らしの人の家じゃ」
「ありがとう。よろしく頼む」

リムという人物は老人であり、元海賊であるという。
足を痛めて引退したという人物であり、リムは島長の頼みに快く頷いてくれた。
そうしてその日の夕刻には島長から話を聞いた島人たちが家へやってきた。
ロディールは集まった人々を一人一人診ていった。

翌朝も朝から診察に追われ、午後からは往診も入り、ロディールは忙しく一日を過ごした。
途中、アガールとイルファーンが食事の誘いに来てくれたが、応じられないほど多忙であった。
リムが作ってくれた食事を流し込むようにすませ、その日の診察を終えたロディールは島に到着して三日目に思わぬものを受け取ることになった。

「黄竜の旗印の船がきたぞー!!」
「ウェール家の船が、何でこんな小さな島に……」

島人たちも困惑している。
理由はすぐに判明した。黄竜の船員らがロディールを名指しした為である。

「ロディール様―っ!ミスティア公爵から手紙が届いてますよ!」
「は……?」

船はロディールを追って、マリエン島までやってきたらしい。
思わぬ名を聞いて驚く周囲の島人たちの視線を受けつつ、ロディールは手紙を受け取った。
セシャンも慌てた様子で間近にやってくる。

(すまないことをしたな…)

手紙一つのためにわざわざ遠方まで来させて、とロディールは申し訳なく思った。
しかし、黄竜の船の方はあまり気にしていないようだ。ゼーター島の時と同じように島人たち相手に商売を始めている。
どんなに小さな島でもそこに人が住んでいる限り、行くと言っていた船員たちだ。相変わらず商魂たくましいようである。

「先生…内容は?」
「ミスティア公からって…大丈夫か、センセ?」

イルファーンとアガールの心配そうな視線を受けつつ、ロディールは中に入っていた手紙を取り出した。

銀色がかった封蝋で封をされた封筒に入った手紙は、花の香りがする上質の紙に書かれていた。
上部と下部の装飾が美しい便せんには、近々王家の姫と婚姻すること、ほぼ同じ時期に、港町ギランガの頭領も結婚式を挙げることが書かれていた。
手紙はその二つの結婚式への招待状であった。

「結婚式への招待状だ。アルドーが結婚するらしい」
「アルドーって…」
「ミスティア領主だ。相手は王家のココ姫だそうだ」
「おお、なんておめでたい!」

セシャンは主君の婚姻に顔を上気させて喜んでいる。高い忠誠心を持つ騎士らしい反応だ。

アルドーにはすでに妃が一人、妾が一人いる。
つまり、既婚者なのだが、上流貴族の場合、妃を複数持つことは珍しくない。
そして王家の末姫がアルドーを想っていることは当事者とその周囲の人々にとっては有名な事実であった。
王家が美姫で有名な末姫に甘いこと、そして政略婚が上の姉妹たちで済まされたことがココ姫にとっては幸運だった。
大領主と王家の姫の婚姻だ。ミスティア領は今頃お祭り騒ぎだろう。
結婚式も盛大に行われるに違いない。

「あと、ギランガの頭領も結婚するらしい。ジャンニのヤツ、とうとう観念したのか」

港町ギランガもミスティア領にある。
二重にお祭り騒ぎだろうな、とロディールは思った。

「センセー、銀の城に行くのか!?大丈夫か!?」
「心配無用だ。………アルディンに会うのが楽しみだな」
「アルディン?」
「とても可愛い子がいるんだ」

背は伸びているだろうか。少しは表情が出る子供になっていたらいいが。
そんなことを思いつつ、手紙を読むロディールにアガールがむっとした様子で問うてきた。

「センセー、アルディンって誰だよ。いいヤツがいるのか?」
「何を言ってるんだ。アルディンはアルドーの子だ。幼児だぞ」
「ガキならガキって言えよな、紛らわしいっ!」
「紛らわしいのはお前の考え方の方だ…」

王家の姫とアルドーの間に子が生まれれば、継承権が変わってくる。
さすがにアルディンが目指す『兵隊さん』は無理だろうが、他の道も開けてくるだろう。

(薬師になる気はないかな……あの子は何の印を持っているんだろう)

もしアルディンにその気があれば、一緒に薬師をしたい、と思うロディールであった。


++++++++++


日程の都合により、ギランガへは黄竜の船で向かうことになった。もちろん、セシャンも一緒である。
ロディールは、船のサイズは大差ないのに、圧倒的に違うスピードに驚いた。
以前、別の船に乗った時も思ったが、ウェール家の船はすべてこれほど早いのだろうか。

「いやいや、この船は早い方ですよ。スピード重視型です。速達を届ける時などに使用する船です」

船員がそう教えてくれた。

船底に浮力をコントロールする印が刻まれており、船体自体も流線型にしてある。
貨物船などに比べればあまり荷を載せられないので、長距離航海には向いていないが、近海をうろうろするには十分なのだ、とのこと。
操縦室にいる船舶を動かす男は、蒼く輝く平たい板の上に手を乗せている。板の上にはゆらゆらと揺れる魔法陣。それで船を操縦しているらしい。
船の操縦は、舵輪で行うものだと思っていたロディールは少し驚いた。

「ウェール家の二代目当主が作り、代々、研究を重ねて改良し続けてきたウェール家の航海用走行装置です。『海上の羽根(ライグラ)』と言いましてね。ウェール家独自のものですよ」
「そういう物があると俺に教えてもいいのか?」
「はい。当家がそれを持っているというのは有名ですから。それにまねようとしても簡単に作れるものじゃないんですよ。船のタイプやサイズ、素材など、複雑な要素が関係してくるのです。専門じゃないと作れません」
「なるほど……」
「そして過去、それらの技術を盗もうとした者がいましたが、正体不明の『不幸』が訪れましてね。以来、盗まれることはなくなりました」

それはもしかしなくても『幸運の黄金竜』が関係しているのだろう。

(すごいな、黄金竜ってのは。もしかして最強の竜なんだろうか)

当の本人(竜)を知らないだけにしみじみとそう思うロディールであった。