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◆ディガンダの黒犬(14)

襲撃に勝てば、報酬が手に入る。
食糧問題があることと、次なる襲撃に備えるため、派手に宴などはしないが、ちょっとした祝いに酒を飲み交わす。
船長のダヴィードは副船長のバジーリオら、船の古参たちと酒を飲み交わしていた。
日は地平線付近をゆらゆらと動いている。もうしばらくで完全に落ちるだろう。
船のあちこちから騒ぐ声が聞こえてくる。

「それにしても……強いな、あの男」
「あれは風の上級印の持ち主だな」

話題になっているのはセシャンだ。
セシャンは敵の幹部を殺しながらもそれが当たり前といわんばかりに平然としていた。恐らく倒した敵が幹部であったことにすら気付いていなかっただろう。
それぐらい、彼と敵には明確な実力差があった。

『センセの助手兼、護衛です』

そう言って乗り込んできた男。優男といった雰囲気であったため、ダヴィードらはあまり気に留めていなかった。海賊ばかりの海賊船では下手なこともできないだろうと思ったためである。

『センセはミスティア家の医者だったんだぜ』

何度もアガールにそう聞いていたが、『腕のいい貴重な医者』ぐらいにしか思っていなかった。
しかし、切り落とされた腕をあっさりくっつけるわ、敵の襲撃にも怯まぬ度胸があるわ、船の仕事もあっさり覚えるわ、無茶ばかりするロウタスを簡単に操縦しているわで、医者は予想以上に有能な男であった。
そしてその有能な男の『護衛』があれほどの腕を持つとなると…。

「アガールの言うこともあながち嘘ではなかったということだな」
「ミスティア家の医師か…なんでゼーター島のような、ど田舎に来たのやら」
「変わり者だということだが、あれほどの護衛をつけるのであればミスティア家の方は取り戻したがっているのかもしれないな」

その医師は船内からでてこない。
そのせいでアガールも表情が優れず、仲のよい若手と一緒にいつつも、盛り上がってはいないようだ。
アガールは異父弟に甘い。幼少時に親を亡くした二人は力を合わせて貧しい島で育ってきた。二人には深い絆がある。ロウタスも口には出さないがアガールを大切に思っているようだ。
アガールもロウタスとは揉めたくないのだろう。ハッキリした行動にはでていないようだ。

「面倒なことになりそうだな」
「あの医師もロウタスもモテすぎだ」

二人は船員らの感情に聡い。ジョルジュやアガールらの心情にも当然ながら気付いていた。

「少々意外だったな。あの医師、イルファーンを気に入っているようだったのに」
「そうだな、イルファーンの方も悪くない雰囲気だったのに」
「まぁ色恋沙汰ほど面倒で難しいことはない」
「まぁな。予想と外れても無理はないか……」

アガール、ロウタス、イルファーンは船の若手幹部だ。将来、この船を担うメンバーでもある。特にイルファーンは次の島長でこの船の船長候補でもある。
彼ら三人が揉めると船の中の人間関係が悪くなる。
少々やっかいなことになりそうだと顔を見合わせる船長らであった。


++++++++++


その翌日、ロディールは船尾の船縁から海を眺めていた。
視界の先を一つの船が走っている。向かう方角は違うようだが商船のようだ。
少し離れた場所にはセシャンがいる。彼はいつもべったりくっついているわけではなく、一定距離以上は離れないという感じで行動している。それが彼にとってのいざというときに動ける範囲なのだろう。

「船がいるぞ。あの船は襲わないのか?」

近くにいたイルファーンに問うと、イルファーンはとうに気付いていたのか、首を横に振った。

「あれは黄竜の船だ。襲えない」

大商人一族だ、お宝満載なのは約束されているんだが、とイルファーン。

「黄竜?ウェール一族の船なのか。ゼーター島に荷を運んでくれるから襲わないのか?」
「いいや、そういう理由じゃない。あの一族が幸運の黄金竜を持っているからだ。
俺たち海賊は黄竜の旗印の船には手を出さない。質の良い品を大量に扱うため、俺たちとしては美味しい船なんだが、奴らの船を襲うと絶対に負けるか嵐に遭うんだ。それにいつも強力な護衛を雇っているから、戦闘力もある。つまり美味しい敵だが手出しできないというわけだ」
「……」
「奴らの船に勝てたとしても絶対にその後、つけがくる。船員が流行病で死んだり、大嵐に遭って船が沈没したりと不幸がやってくる。黄竜一族に手出ししないことは海賊の間では不文律だ」

なんて凄い話だとロディールは思い、同時に祖父の友(ペット)を思い出した。
印の増幅能力を持っていた小さな緑色の竜。あの竜の仲間がウェール一族を守っているのだ。

(いろんな力を持つ奴らがいるんだな、七竜ってのは)

そう思っていると、イルファーンに何かを話しかけられた。

「すまん、聞こえなかった。何だって?」
「いや………その、下世話なことなんだが……先生はロウタスが好きなのか?」

あぁ、皆の前で口づけられたせいか、とロディールは思った。

「嫌いではないが、好みは清楚な女性だ」

ハッキリしない返答だったせいだろう。イルファーンは眉を寄せた。

「付き合っているのか?」
「俺の方はそんなつもりはない」

恐らくジョルジュへの当て馬役だから、と心の中で呟く。

「ジョルジュに確認しろとでも言われたか?まぁ、あいつにロウタスを渡すつもりはない」

ロウタスの方にその気がない以上、ジョルジュがやっていることは無理強いだ。
そしてそれをロディールは許すつもりはない。惚れたが故の好意でもジョルジュがやったことはロディールにとって許せない行為だ。ロウタスは己の腹を裂くほど嫌がっていたのだから。

「いや、ジョルジュに頼まれたわけでは…ないんだが……」
「?」

イルファーンにしてはハッキリしない言動にロディールが眉を寄せていると、ロディールを呼ぶ声が聞こえた。声からして老人のようだ。恐らくベム爺だろう。

「ベムさん、また腰を痛めたのか。無茶はするなと言っているのに」

やれやれと言いながら向かうロディールを見送り、イルファーンは小さくため息を吐いた。

『あいつにロウタスを渡すつもりはない』

渡すつもりはない、ということは占有すると宣言されたようなものだ。
言い切ったロディールの台詞が酷く胸に痛んだ。