女性に人気があるイルファーンは、男性にも慕われており、人望ある人物だ。
海賊船でも頼りがいがある、信頼できる、と頼られている。
そんなイルファーンは頼み事や相談を受けやすい人物だ。いつも誰かに話しかけられている。
そのイルファーンに唯一、頼み事をしてこないのが、島の新入りであるロディールとセシャンだ。
当初は島での生活で判らぬ点などを問うてきたが、慣れてしまえば、殆ど問うてこなくなった。それどころか、先回りして、家事などを片付けられていることはしょっちゅうで、器用なロディールと要領の良いセシャンには助けられてばかりだ。
頭の回転が早いロディールは、島での生活に慣れるのも早く、職業柄、相手をよく見ているのか、イルファーンの体調や精神的な負担にもすぐに気付いてフォローしてくれる。
同居相手としては非常にやりやすい相手であった。
家でパラパラと本を捲りつつ、ロディールは口を開いた。
「今はまだ人口が少ないから問題はないが……」
「何だ?」
「薬剤やカルテが増えてくると、やはり別居した方がいいと思う」
家が手狭になるのは申し訳ないからな、とロディール。
イルファーンの家には少しずつ薬剤が集まり、少しずつスペースが狭くなっていた。
「……とりあえず、そうなってから考えてもいいんじゃないか?」
俺はこのままでも問題はない、とイルファーンが答えると、そうか、とロディールは頷いた。とりあえず、すぐに別居という話にはならないようだ。
イルファーンは少し安堵し、そんな己を少し不思議に思った。
(寂しいのか、俺は……)
十代半ばで親を亡くした。それからずっと一人暮らしだ。一人で生きることには慣れたつもりだった。
しかし、診察のために人が常に出入りし、同居人がいるという暮らしを悪くないと思っている己がいる。そんな己が意外でもあり、不思議であった。
『センセーは俺のだからな、イルファーン』
船上で釘を差してきた友を思い出す。
勘が良い彼はイルファーンが自覚していない心を見抜いていたのだろうか。
『バカかお前は。そんなに惚れているんなら、いちいち取られる心配をしてないで、とっとと落としちまえよ』
『うるせーな、ロウタス!それができたら、苦労しねえんだよ!』
賑やかな幼なじみ達の会話を思い出していると、ロディールがぱらぱらと何かを捲っている。植物の絵が描かれた本を読んでいるようだ。
(本当に頭がいいんだな、彼らは…)
この島で本を読む者はいない。文字を読めないからだ。
ずっと避けられ、隔離された島だった為、教師もおらず、親に習うしかない。そしてその親も簡単な読み書き程度しかできない者ばかりだったため、全く読めない者も少なくない。
まともに読み書きできるのは、島長とそれに近い立場の者だけであり、イルファーンも一応、出来はするものの、書物をすらすらと読める自信はない。読み書きをする機会が殆どないからだ。
しかし、ロディールとセシャンは読み書きが得意なようだ。
セシャンはよく本を読んでいる。騎士である彼は読み書きが得意なようで、ロディールとロウタスの護衛をする傍ら、暇つぶしに読書をしていることが多い。
ロディールも本を読んだりカルテを書いたりしている姿をよく見かける。
「引っ越すにしてもこの近くになると思いますよ」
そう口を挟んできたのは、奥の部屋から出てきたセシャンだ。ロウタスが飲み物を欲しているらしく、それを取りに来たらしい。
「ここは島の中心地に近い。診療所は人口の多いところにあった方がいいですからね」
セシャンがそう言うと、ロディールも同意するように頷いた。
「土地がないならともかく空き地があるからな。近くに家を作れそうだ」
「そうか…」
引っ越しても遠くにはいかないという話にイルファーンは嬉しく思った。
するとセシャンと眼が合った。
「嬉しいですか?」
「!」
内心を読まれたと気づき、イルファーンは顔を赤らめた。
「可愛い人ですね」
「なっ!!」
(どうも彼は苦手だ……)
今まで精神年齢が高い彼をこうしてからかうような同世代はいなかった。
セシャンは悪い人物ではない。同居しているが、家事にも協力的で、プライベートにも立ち入ってこない。やりやすい相手だ。
しかし、良い人、でもない。
「あまりイルファーンを苛めるなよ、セシャン」
「まだ苛めるというところまでは行っていませんよ、センセ。あーんなことやこーんなことはしてないんですから」
「!!」
ぎょっとするイルファーンに、ロディールは小さくため息を吐いた。
「あらかじめ言っておくが、あーんなことやこーんなこと、とやらをこの屋内でするんじゃないぞ。同居する身としては迷惑だからな」
「おや、釘を差されてしまいましたか、残念です」
軽く肩をすくめるセシャンからは本気なのか嘘なのか読み取れない。しかし、ロディールに助けられたのは確かなようだ。