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◆ディガンダの黒犬(6)

その頃、セシャンはイルファーンの家にいた。ロウタスの護衛のためである。
ロウタスはロディールに言われ、しぶしぶ寝台で休んでいた。
セシャンの役目は、本来、ロディールの護衛だ。そのため、極力、側にいるようにしているが、この島は呆れるほど平和であり、どの住人も貴重な薬師であるロディールを大切にしている。その証拠にロディールはよく野菜や魚といった食料をもらっているし、ロディールの護衛であるセシャンにも丁寧に接してくれる。護衛が必要ないというのはセシャンにもすぐに判った。今では護衛というより医療助手として過ごしているセシャンである。
そして、現在、護衛が必要なのは強姦魔に狙われているロウタスの方である、というわけで、セシャンは一時的にロウタスの護衛についていた。

「必要ねえ、うぜえ、離れろ!!」

と護衛される側は感謝の欠片もない態度であったが、セシャンは平然としていた。怒鳴ることしかできないと知っているからである。
どんなに怒鳴られたところで相手は怪我人だ。そしてセシャンは腕の良い騎士である。怪我人ごときにやられたりはしない。そうでなくば単独で護衛任務になど就かされない。ミスティア領主アルドーの信頼を受けるよき騎士なのだ。
今までにも協力的ではない貴族の護衛などをやったことがある。誰に何と言われようが聞き流す術を身につけている。怪我人に怒鳴られたところで痛くも痒くもない。

「あんまり怒鳴るならセンセに言いつけますよ〜」

本を読みつつ、セシャンはさらっと告げた。

「!!」
「センセにも言われてるでしょー。今度逃げたら裸にして寝台に縛ると」
「……」

ロウタスはグッと言葉に詰まり、黙り込んだ。
誰の言うことも聞かないロウタスだが、ロディールには弱い。何故ならロディールはやると言ったら本当にやるからだ。
島に戻った初日に逃げ出したロウタスは、裸にされて風呂に入れられた。理由は返り血を被っていて、全身血まみれで不衛生だからという理由だった。ロウタスは嫌がって暴れたが、骨にヒビが入っているのに暴れるなと体を痺れさせて動けなくされた上で、あらぬところまでしっかり洗われてしまったのである。
今までの治療時にさんざん見られている。今更だろうと言われても羞恥はぬぐえない。
今度逃げたらまたすると言われ、ロウタスは逃げるのを諦めた。逃げ出したいのは山々だが、狭い島の中じゃ逃げる場所も限られている。島人は全員がロディールの味方だ。
何より、異父兄弟のアガールが、ロディールの味方なのが分が悪い。アガールはロウタスの行動パターンを知り尽くしているからだ。

(態度は悪いけど、判りやすくて可愛い人ですね)

セシャンはロウタスのことをそう思っている。
口は悪いわ、態度は悪いわ、いいところがあまり見つからない相手だが、セシャンに言わせれば非常に判りやすい人物だ。全部顔に出るからだ。
そして当人は気付いていないかもしれないが、ロディールに手当てされるとき、少し気配が和らぐ。口ではさんざん言っているが、口で言うほどロディールのことを嫌っていないのだ。むしろ照れ隠しというか、どういう態度を取ったらいいのか判らなくて、悪態をついているという感じに見える。
そのロディールは船に行っている。船長に呼び出されたらしい。そのことをロウタスは知らない。ロディールとセシャンが教えなかったからだ。

(ロウタスのことでしょうからね)


++++++++++


セシャンの読みは当たっていた。
ロディールは船長へロウタスの体調について説明をしていた。

「まぁ何というか、全身古傷だらけであちらこちら痛んでいるんだ。しかも、ろくに癒してないと見える。その繰り返しだからな。ここらでちゃんと癒し、リハビリしておかないと早いうちに杖をついて歩く羽目になるぞ」
「なるほど。よかろう、ロウタスの休養は認めよう。だが人手が足りない。先生、アンタ、船に乗る気はないか?」
「ないな」
「マリエン島にも医者がいないんだ」

その島もやはり小さく貧しい島であるため、来てもらえないかという。
聞き覚えある島の名に、ロディールはぴくりと眉を動かした。

「片道どれぐらいだ?」
「急いでも一週間はかかるな。約10日ってところだ」
「……遠いな」

行って帰ってくるだけで半月以上かかるという計算になる。
とんぼ返りというわけにはいかないだろうから、約一ヶ月は留守することになる、と思った方がいいのかもしれない。

「やめておく。そんなに留守をしたら、せっかくいい感じに育ってきた薬草が枯れそうだ」
「先生、人の命より薬草か」
「違うな。その島の人の命より、この島の人の命が大切だということだ。俺は今、この島の人間だ。遠い島人の命にまで責任は持てん。できるかぎりのことはしたいが、俺も人の子だ、できることに限界はある。その島は遠すぎる」
「ロウタスは船の幹部だ。彼の戦力は大きなものがある。本当は休ませたくないんだ」

ロディールはため息を吐いた。
乗りたくないし行きたくないが、どうも風向きが怪しいようだ。

「島長に相談してみる」