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◆ディガンダの黒犬(3)

それから数日後、船が戻ってきた。
村人たちに誘われて出迎えに向かったロディールは、船を降りて彼を無視して通り過ぎようとしたロウタスを問答無用で捕まえた。
当然ながら逃げだそうとされたので、軽く生気を抜いて、脱力させる。

「何しやがる!」
「それはこっちの台詞だ。呆れたヤツだ、全身傷だらけじゃないか。一体どれだけ傷を作ってきたんだ?」

『聖ガルヴァナの腕』を発動させつつ問うたロディールに、笑いながら船から下りてきたのはアガールだ。手には荷を持っている。
周囲には同じように船荷を降ろしている男達の姿が見受けられる。
彼らはあっさりとロウタスを捕らえたロディールに目を丸くしている。

「ほら、やっぱりバレた!だから言っただろ、ロウタス。素直に最初から診てもらえって」
「うるせえ。黙れ、アガール!」
「黙るのはお前だ」

一つ一つ傷を治していてはきりがない。
ロディールは面倒くさくなり、一気に腕を発動させた。
次々に背から飛び出してくる腕の数にロウタスがギョッとしているのも構わず、ロディールは7本ほどの腕で無数にある傷口を次々に治療していった。

「うわっ、なんだあの医者は!」
「本当にすごいな!!あれが聖ガルヴァナの腕か。初めて見た!」
「本当に大人しいな、ロウタス」
「逃げられなくしているんだろう、あの医者が」

そんな周囲の声を聞きつつ治療を終えたロディールは、脱力しているロウタスを肩に抱え上げた。

「何しやがる、降ろせ!!」
「お前さん、血を流しすぎだ。骨にヒビも入っている。増血剤の投与をする。そしてしばらく大人しく寝ておけ」
「余計なお世話だ、離せ!!」
「治るまで意識不明にされたいか?寝たきり状態でも俺はちゃんと診てやるぞ。しっかり排泄の世話まで責任持ってみてやる」

ロディールの脅しにロウタスは青ざめて黙り込んだ。
実際、されたことがあるのだ。
ミーディア公立診療所で手術を受けた後はさすがのロウタスも動けなかった為、ロディールとアガールの世話になったのだ。
そのときのことを思い出したのか、大人しくなったロウタスをロディールはそのまま担いで行った。

「センセ、相変わらず男前だな〜、かっこいー」
「なかなかの腕力だな。あのロウタスを担いでいけるとは」

ロウタスは痩せているが、けして小柄ではない。男としては背が高い方だろう。
おまけに全身筋肉だ。無駄な贅肉がないため、見た目より遙かに重いはずだ。

「お、イルファーン、なんだその瓶と布袋は?ジャムと小麦か?」
「違う。どうも薬剤みたいなんで、先生なら喜ぶかなと思って、敵船から盗っておいたんだ」

今まで薬剤関係は判らないため、放置していた荷だったが、ロディールなら判るだろうと思って、今回は盗っておいたのだ。

「へえ、そりゃセンセイなら喜ぶだろうな」

イルファーンもセンセイを気に入っているな、と言われ、イルファーンは苦笑した。

「そうかもしれない」

自分でもまだよく感情が判らないのだ。

++++++++++

ロディールはロウタスに薬を投与し、寝台に眠らせた後、家の前をうろうろしている若い男に声を掛けた。
相手は緑がかった黒髪をした若い男だった。
なかなかの長身で海賊にしては柔和な顔立ちをしている。

「あらかじめ言っておくが、俺はロウタスの主治医であり、それ以外の何者でもない。アンタの恋のライバルにはならないから安心してくれ」
「何で判ったんだ!?」

初対面から嫉妬丸出しで睨まれたあげく、背負ったロウタスをじーっと見つめられ、あげくに家まで追ってこられた。
更には何時間も気になってしょうがないと言わんばかりに家の前で彷徨かれると、さすがに理由が判る。

「言っておくが会わせないぞ。この家の家主であるイルファーンとロウタスの身内であるアガール以外には会わせない」

睨まれたが、ロディールは怯むことなく睨み返した。
そこへ船での仕事を終えたイルファーンが戻ってきた。手には荷を持っている。

「ジョルジュ?どうしたんだ、一体」
「何でもない」

ジョルジュと呼ばれた緑がかった髪の男は、少々ばつが悪そうな顔になり、去っていった。

「先生、何かあったのか?」
「ロウタスに会いたかったようだが断ったんだ。今眠っているからな」
「そうか……ロウタスは今晩泊めるのか?」
「アガールと相談してからになるな」

そのアガールはそれからしばらくしてやってきた。
彼は異父兄弟の容態を聞くと、呆れたようにため息を吐き、ジョルジュの事を問われると顔をしかめた。

「俺はあいつのことがあまり好きじゃないんだ」
「ふむ……彼はもしかして腹を裂くことになった原因を作った男なのか?」

ロウタスは以前強姦被害を受けたことがある。そのときの子を胎んだと思いこみ、腹を裂いたのがロディールと出会ったきっかけとなった。

「さすがセンセ、よく判ったな!!」
「普通の執着ならば、家まで追ってきたり、何時間も家の前を彷徨いたりしないだろう。しかし、気性の荒いロウタスがよく相手を殺さなかったな」
「仲間殺しは最大の罪、掟破りはクズのやることだ。だから耐えたようだ。それにロウタスは危なっかしいヤツだが仲間思いなんだ」
「なるほど……しかし相手があの様子じゃ今後が心配だ。ロウタスが回復するまで預かるがいいな?」
「助かるよ。ありがとう、センセイ」

ますます、ロウタスから目を離せなくなったなと思っていると、アガールはため息を吐いた。

「昔はこんなことなかったんだ。船に乗っている間も大人しくしているんだけど……どうもロウタスのヤツが余計なことを言ったっぽいんだよな……。あいつ口が悪いからすぐに相手を怒らせたり挑発したりするんだ」

ロウタスならありそうな話だと思っていると、イルファーンも顔をしかめている。

「ロウタスは血の気が多すぎる。敵だけでなく味方まで挑発するから質が悪い」
「……ふむ……だからと言って、強姦して惚れた相手をものにしようというのは情けないな。惚れた相手を口説き落とすこともできないと言っているようなものだろう」
「さすが、センセ!!全くその通りだよ!!」

俺も口説き落とされたよ!というアガールに、お前さんを口説き落とした覚えはないぞ?とさらりと受け流すロディールであった。