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◆青海のギランガ(14)

そのアルドーは罪人の島を救ってくれという台詞に呆れ顔になった。

「本気か?ロディール」
「罪人の子は罪人じゃないんだろう?」
「それはそうだが…あの島は海賊の本拠地であるという噂がある島だぞ」
「海賊じゃない民もいる」
「しかし……」
「東の海はミスティアの海。その海に住まう民はミスティアの民なんだろう?」
「それはそうだが……具体的に何が不足しているんだ?」
「差別の撲滅と医師と物資かな。定期船が欲しいところだ」
「ふむ。ギランガからの定期船を一つ契約し、島に立ち寄るようにさせよう。ウェール家辺りならば、気軽に行ってくれるだろうからな。あの物好きな一族は人が住まう島ならどんな島も行こうとするから」
「ありがとう。医師は俺が行くから」
「そうか……いや、まて。お前が?」
「俺は田舎がいいんだ」
「待て、わざわざそなたが行く必要はあるまい」
「あの島を気に入ったんだ。あの島で働きたい」
「宝の持ち腐れだぞ、ロディール!」
「俺の生き様は俺が決めることだ。俺もお前の民だというのであれば、俺の幸せを祈ってくれるだろう?アルドー」
「ずるいぞ、ロディール。なぜあんな島に行きたがる」
「さて。あの島に魅力を感じたとしか言い様がない。あと、気になる患者がいるんだ。あぶなっかしくて目が離せないんだ」
「やれやれ、職業病か?ロディール」
「わからん」
「いざというときは、何を置いてもここへ駆けつけろよ、ロディール。お前は俺の臣下で俺の医者だ」
「あぁ」
「王家には奪われなかったのに、ちっぽけな島に奪われるとは思わなかった!」
「ハハハ」

笑いつつ、ロディールは抱きかかえていた子猫を差し出した。

「ジャンニの家から預かってきた。アルディンと育ててくれ」
「アルディンと。ふむ、ミケ猫か…」

通常の成猫サイズの子猫をアルドーは両手で受け取った。

「ミケだが、迷った際の目印に使うなよ」
「何の話だ?私は別に方向音痴じゃないが」
「それはよかった」
「元気で行ってこい」
「ありがとう、アルドー。お前とアルディンの幸福を祈る」


++++++++++


それから約一ヶ月後。
銀の城の人々に別れを告げ、ロディールはギランガへ来ていた。
ロディールを島まで送ってくれるのは、アルドーが契約したというウェール一族の船だ。
かなり大きな貨物船で、黄竜の旗が立っている。
ギランガからは丸一日はかかるだろう?と問うと、船主の男は大笑いした。

「何言ってるんですか!海流と風を読めば、せいぜい数時間ってとこですよ。それに印使いもいますからね。ウェールの船には必ず航海のスペシャリストである印使いが乗ってるんですよ。彼らは船を操るプロです」

誇らしげに言う男の言葉どおり、船のスピードは驚くほどだった。
時折風向きが変わっても、風の印使いが巧みに操って、船はぐいぐいと進んでいく。

「我が一族は、船ですべての海を網羅しているんですよ」
「すべて?」
「ええ、どんな小さな島でも人がいるのであれば商売に向かいます。今回の話は当然ありがたく受けましたよ」

おまけに島に行くだけで手数料として、ご領主様から金がもらえるんですからね、ありがたいばかりです、と船主。

そうして、船主の男の言葉どおり、わずか数時間で船は島に到着した。
突然現れた、島人以外の船に島人たちは目を丸くしている。

「ミスティア領主が契約してくれた定期船だ。島人ならば船代は無料で使えるぞ。交易品も乗せているらしいから、欲しい物があれば問うてみるといい」
「日用品は一通り乗せているよ。ウェールのお店を今後ともよろしく!」
「ミスティア公が……一体何故。この島は見捨てられた島なのに……」
「それはそこの先生に問うんだな。我々はミスティア公と契約しただけだ」
「先生、これは一体……」
「俺の名は『ロディール・ローグ・ド・ミスティア』というんだ」
「!!」

驚愕の視線がロディールに集中する。

「ミスティア公は俺の義兄だ。まぁなりゆきでな」
「先生、あんたが……」
「言っただろう?引っ越してくると。空き家を売ってくれないか?」
「先生、本気で移住しにきたのか!?」
「そうだ」
「あんた、ミスティア公の弟なんだろう!?こんな島に何故来たんだ!?」
「俺はこの島と大差ないようなど田舎の生まれだ。俺には何ら不思議ではない」
「!」
「俺はなりゆきの弟だ。アルドーにもちゃんと許可を得てきた。東の海はミスティアの海。海に住まう民はすべてミスティアの民。これから定期船で一定量の物資が送られてくるぞ。そう約束させたからな」
「そうそう、ちゃんと載ってるぞ。若い人手を集めてくれ。荷を降ろしたいんだ」

船主の言葉に、慌てた様子で人を呼びに女性が走っていく。
いつの時代も現実的なのは女性達だ。集まっていた男衆に対し、何をやっているんだ、さっさと手伝え、と声をかけている。
そうして荷を降ろしてしまうと、船主は集まった島人たちを相手に、今度は商売を始めた。
『油はあるか?』『どのぐらい欲しいんだ?』『紙はあるか?』『質はどんなのがいい?』といった声が飛び交う。
その様子を見つつ、ロディールは島長に改めて挨拶をし、空き家はかなり傷んでいるからしばらくは誰かの家に居候してくれ、と言われた。

「そうか。じゃあ、イルファーンよろしく」
「あ、ああ」
「センセー、俺の家でもいいよ!」
「冗談じゃねえ!!絶対嫌だ!!」
「何だよ、ロウタス。いいじゃねえかよ」
「俺の家でもあるんだぞ、絶対嫌だ!!!」
「センセ、いい男じゃん、俺、センセの子を産みたい。俺、嫁にどう?」
「……とりあえず俺はイルファーンの家に世話になる。初日からロウタスと喧嘩をするのも気が咎めるからな」
「イルファーン、いいなぁ」
「それとロウタス、お前、後で診察に来い。経過を診るからな」
「ゲッ!!」

『先生、どうせなら家に来てよ』『冗談じゃねえ、絶対いかねえからな!』というそれぞれの声を聞きつつ、ロディールは荷物を手にした。
その荷物はすぐに隣の人物に奪われた。

「手伝おう」
「ありがとう、イルファーン」
「俺は……次の長だ。次代の島長として、ロディールを歓迎する」

やや照れくさそうに、しかし真摯に告げられ、ロディールは目を細めた。

「ありがとう。出来るだけ力になれるよう頑張る」

ロディールは差し出された手を握り返した。


<次話『ディガンダの黒犬』に続く>

別名を「ミケ猫の章」といいます。(猫の登場回数がやたらと多い為)