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◆青海のギランガ(13)

急患を無事助けた翌日、ロディールはイルファーンの家を借りて、治療を始めた。
彼は一人暮らしの上、集落の真ん中に家があったので好都合だったのだ。

「うぎゃああああ、いてええええっ!!」
「全く、なんてアルコール中毒患者の多さだ。俺は呆れたぞ」
「センセ、あんた、この入れ墨が目に入らねえのか!?」
「だからどうした。アンタらが海賊だろうが何だろうが、俺にはただのアル中患者だ」
「な、なめやがってえええ!!」

ロディールは飛びかかってきた中年の男に負の気を入れて、床に叩き落とした。
見ていた周囲から『おぉっ!』という声があがる。

「鮮やかだ、先生」
「腕が立つな、あの若い先生」

周囲の感心したような声を聞きつつ、ロディールは床に突っ伏した男を見ながらため息を吐いた。

「全く血の気が多い。少し血を抜く気はないか?貧血患者のために」
「血!?血を抜くって正気か、センセ!?そんなことできるのかっ!?」
「アルコールを抜けるんだ。血だって抜けるに決まっているだろうが」
「や、やめてくれ!!勘弁してくれ、俺が悪かったっ!!」

センセ、かっこいーとほれぼれしているのはアガール。彼は朝から駆けつけてきて、勝手に押しかけ助手をしている。
その様子を苦笑顔で見守っているのは、家主であるイルファーンだ。

「はい、次。そこのばーさん、こっちへ」
「ばーさんとはなんじゃ、ばーさんとは!」
「ばーさんじゃん、ハンナばーさんは」

アガールがからかうと、周囲から、アハハと笑い声があがる。
ロディールはいい島だな、と思った。みたところ、空いた土地も豊富にあるし、薬草を植える畑も作れそうだ。海賊の島というのが気にかかるが、自分自身は海賊船になど乗る気はないので問題はない。
そうして、動けぬほど弱った患者を往診すると、仕事は終わった。

「イルファーン、この島には空き家はないのか?」
「探せばあると思うが、何故だ?」
「ミスティア公の許可がでれば移住したいと思ってな」
「正気か?」
「何故そう思う?医師も薬師もいないんだろう?俺には都合が良い」
「ここは罪人の島だ、センセイ。気持ちはありがたいが、アンタの未来を潰すだけだ。早まったマネは止めた方がいい」

自分を気遣ってのことだろうとロディールは思い、無言でイルファーンを見つめた。
イルファーンは苦笑し、首を横に振った。

「気持ちはありがたい。だが気持ちだけで十分だ。今回も…見捨てられると思っていたのに来てもらえた。少なくとも危なかった四人は助かった。感謝する」
「イルファーン」
「買い物へ行けば、物を投げつけられ、代金は手渡しでは受け取ってもらえない。この島はそんな扱いを受ける島だ。近隣の島の人々はまだ優しいが、大陸になるとそうはいかない。ギランガのように大きな港町でもなくば、逃げられてしまう。そんな島なんだ」
「かまわない、と言ったら?」

イルファーンは再度首を横に振った。

「ありがとう、先生。だが気持ちだけで十分だ」

諦めと決意が見える眼差しであった。


++++++++++


島々を回り終えたロディールがギランガへ戻ったとき、ギランガの頭領宅では子猫が生まれていた。
しかし、犬サイズの猫が産んだ子猫だ。子猫だというのに通常の猫サイズに見える。

(これで子猫なのか…)

この街の猫は基準が違いすぎるな、としみじみと思ったロディールである。

「ぜひ貰ってくれ」
「まぁ別に猫は嫌いじゃないが…」

新たな住まいはまだ決まっていないし、銀の城にネズミはいただろうか。いないとしても、猫の一匹や二匹、容易に飼えそうな広さではあるが。
領主のアルドーに一匹押しつけようと思いつつ、ロディールは気になっていたことを問うた。

「ゼーター島に交易船?いかねえだろうなー、罪人の島だろ?」

若き頭領は、頭の上に子猫を乗せた状態であっさりと言った。

「東の海はミスティアの海じゃなかったか?ジャンニ」
「もちろんだ!」
「その海に住まうすべての人々はミスティアの民だな?」
「……もちろんだ」

ロディールの言葉に含まれる意図に、頭の回転が早い頭領は気付いたようだ。

「ならばすべての民を救う必要があるだろう?」
「ずるいぞ、ロディール!」
「放置していたお前らが悪い、と言わせてもらう」

島人には海賊が含まれていた。そういう意味では今でも罪人の島だ。
しかし、海賊にならざるを得なかったのは、領主が放置し続けて救済しなかったためだ。

ジャンニは深々とため息を吐いた。

「判った。許可する。けど、アルドー様の許可はお前が取ってきてくれよ」
「もちろんだ」