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◆青海のギランガ(10)

それから数ヶ月のことである。
ロディールは豊富な薬剤の中から、寄生虫の予防と治癒に効く薬を医師団の仲間たちと開発することに成功した。
調合レシピさえできてしまえば、作るのは見習いたちに、決められた手順で決められた量を調合させればいいわけであり、量産は可能だ。
しかし、それぞれの患者に薬をどれぐらい与えるかは医師の判断が必要となる。
とにかく人手不足のため、ロディールも派遣されることとなった。
ロディールは自分から進んで、東の海の島々へ行くことを志願した。『田舎の島』を移住先候補として見ておきたかったからである。
アルドーとアルディンに見送られ、ロディールは銀の城を旅立った。

港町ギランガでは、頭領家のジャンニとレナートが、ロディールのために船を手配してくれていた。

「わざわざありがとう」
「いいや。俺たちは連絡をしただけなんだ。島人たちが、お医者様のお迎えだと言って、進んで迎えに来てくれたのさ」
「なるほど。結婚式が決まったら呼んでくれ」
「まだ予定はないぞ!」
「もう喪は開けたんだけど、悪あがきをするヤツがいてな」

クックッと笑うレナートをジャンニが睨み付けている。

「心配するな、ジャンニ。アンタは骨太で体格もしっかりしている。背はまだ伸びると思うぞ。十代後半は男の背が伸びる時期だ」
「ロディール、お前いいヤツだな!我が友よ、何かあったら遠慮無く呼んでくれ。駆けつけるぞ!!」

医者のお前が保証してくれるなら安心だ、と喜ぶジャンニに対し、『レナートより伸びるとは言ってないぞ』と言えず、ロディールは微妙な表情で黙り込んだ。
しかし、レナートの方はロディールが口に出来なかった指摘に気付いたようだ。

「私より背が伸びるとは限らないがね」

しっかり、そのことを指摘し、ジャンニに睨み付けられている。

「俺は必ずお前より背を伸ばすからな!!」
「はいはい、頑張りな。期待せずに待ってるよ」

またも喧嘩に発展する二人を見つつ、ロディールは小さくため息を吐いた。

「おい、俺はそろそろ行くからな。喧嘩もほどほどにしろよ」

夫婦喧嘩が収まるのを待っていたらきりがない。
とっとと出発することにしたロディールであった。


++++++++++


島人が用意してくれた船に乗り、人が住まう島々へと向かった。
謎の病を治療できるお医者様が来てくださったと、どの島も歓迎ムードで迎えてくれた。
ロディールも田舎らしいのどかな雰囲気の島々を気に入った。
治療に必要な薬は船に乗せて、豊富に持ち込んでいる。
島人が用意してくれた家でロディールは治療を始めた。
重症者から始めた治療であったが、順調に数をこなしていった。
医師が来ているという話は島中に広まっているのか、そのうちに、明らかに流行病ではない患者まで現れた。

「アンタ、飲み過ぎだ。まずアルコールを抜くぞ」
「ぎゃああああああっ、いてええええええっ!!!!」
「飲み過ぎるからだ。ほら、すっきりしただろ」
「痛すぎだ、センセ!!今のは一体なんだっ!?」
「『毒障浄化』と言って、主に酔っぱらいに使っている技だ。診察に来るのに、二日酔いで来る方が悪い」
「体が痛むんだ、飲まずにやってられるかよ!」
「知らんな、そんな理由。アンタに虫はいない。胃が痛むのは飲み過ぎが理由だ。ほら、薬だ。代金を払え」
「今回の治療はタダだって聞いたぞ!?ご領主様が払ってくださるって!」
「それは流行病だけだ。二日酔いの治療費まで払うとは聞いてない。とっとと払え。でないとアンタのご家族や嫁さんに取り立てに行くぞ」
「そ、それだけはやめてくれ!!かーちゃんに殺されるっ!」

案の定、嫁に弱い男だったらしい。
ロディールはしっかりと代金を受け取った。
男が診察室をでていくと、声が聞こえてきた。

「馬鹿じゃのう、だからやめておけって言ったのにの」
「若いからってバカにしちゃいけないよ、あの先生、かなりやる先生なんだから」
「二日酔いで先生にかかるなんて、あたしらにも迷惑だよ、アンタ」
「これに懲りたら、飲み過ぎるのはやめな」

こちらの会話が待合室にまで聞こえていたのだろう。他の患者が男をからかう声が聞こえてくる。

(懐かしいな、この雰囲気。実家にいたころはよくやっていたもんだ、治療費の取り立てを)

そう思いつつ、ロディールは上機嫌で卓上のベルを鳴らした。
チリリンというベルを聞いて、次の患者が診察室に入ってくる。
ロディールはガラスペンにインクを付けつつ、カルテを手に問うた。

「名前と年齢、そして症状を教えてくれ」