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◆青海のギランガ(9)

それから三日後、調査を終えたロディールは銀の城へと戻った。
小さなアルディンは元気に飛びついてきてくれた。
医師団は、ロディールの調合レシピを元に、新たな調合方法を探っていた。

「キキーカの骨ほどの即効性はないが、よく似た効能のある薬剤が幾つかあるのでな。それを試しているところじゃ。ミスティアはギランガがある。入ってくる薬剤の豊富さは内陸の比ではないからの」

誇らしげに言う老ペイン師を頼もしく思いつつ、ロディールはその薬剤を教えてもらった。
薬品室の壁際の棚にずらりと並ぶ薬剤の入った瓶の数は圧巻だ。
さすがに銀の城。片田舎とは違う薬剤の豊富さだ。

「キキーカの骨が十分な量、輸入されるまでは手元にある薬剤で乗り切らねばならん」
「そうだな」
「幸い、ウェール一族と商談がついた。あの一族の船は早い。その中でも最速の船を使ってくれるよう商談がついたからの。三ヶ月以内に入手できるじゃろう」
「キキーカの骨が手に入るのは、東の大陸だろう?そんなに早く入手できるのか?」
「あの一族は、東の海を網羅している。そして薬剤は、中央大陸にもいくらかはあるじゃろう。ウェール一族ならばそういった物もかき集めてくれるだろうよ。
そしてあの一族の高速船には、風の印使いと水の印使いが乗っておる。航行のスペシャリストの手にかかれば、通常の半分の日数で持ってきてくれるじゃろう」
「そんなに……。アルドーのやつ、ずいぶん金を使ったんだろうな」
「いや、それが面白いことにのぅ、あの一族、報酬に海軍島での営業許可を求めてきたんじゃ」
「海軍島?」
「国王直属の海軍が本拠地としておる軍人の島じゃ。あの島は軍人関係者しか入れぬ島だから、通常の方法では店を開けぬ。それで話をつけてほしいと依頼してきたようじゃ。あんな特殊な島で商売が成功するのか判らぬがのう。面白い一族じゃ」

特殊な島ではあるが、さすがに地元だけあり、ミスティア公の力は無視できない。アルドーはちゃんと報酬用の営業許可を海軍島の責任者からもぎ取ったらしい。
ロディールは執務室でアルドーに話を聞いた。

「ダルレインから正式にそなたの引き抜きが来ていたから、我が義弟だと言って、断っておいたぞ」

あの世継ぎの王子は本気だったのかとロディールは少し呆れた。田舎出身の若い薬師を御殿医にするとはどう考えても間違っているだろうに。

「あいつは悔しがっていたがな、ざーまみろだ!私の臣下を引き抜こうとしたって、そうはいかぬぞ!馬鹿め!」
「………」

子供っぽい言い方だが、やっていることは王家との政治的な駆け引きだ。普段からこんなやりとりをしているのだろうか。
おまけにどうも田舎っぽい島に引っ越してみたいと言える雰囲気ではなさそうだ。

「そういえば、ギランガ頭領の未来の奥方であるレナート殿が、東にある島々に病に関する伝達を行う予定だと言っていたぞ」
「あいつらは結婚式を挙げていないだけで、すでに婚姻はしているんだ。だからすでに奥方だ」
「そうなのか」
「ジャンニのヤツが、レナートより背が高くなるまで式は延期にすると言い張っていてな。だが、レナートも長身だ。一体いつになることやら」
「そんなことでいいのか?一応、頭領だろう?」
「まだ先代の喪が明けないからな。延期の口実はある。それが過ぎたら、ジャンニも観念せねばならぬだろうな。私は背が抜けぬ方に賭ける」
「俺も同じく。賭けにならないな」

東にはどれぐらい島があるんだ?とロディールが問うと、壁に地図があるだろう?と言われた。
振り返ると、なかなか大きな地図が額縁に入れられて飾られていた。
装飾が多い絵画のような地図の為、絵に興味がないロディールはしっかり見たことはなかったが、確かに地図だ。ミスティア領だけが描かれている。

「東の海はミスティアの海。近海はすべてミスティア領だ」
「島々に住まう人々もお前の民というわけか」
「そうだ。島は全部で数十はある。そのうち、人が住まうのは12ぐらいだろう」
「そうか……ん?海軍島の南にどくろのマークがついた島まであるぞ?」
「それはゼーター島だ」
「ゼーター島?」
「昔、流罪に使われていた島でな。今もその子孫が住んでいるはずだ。そういった過去がある島のため、そんなマークがついているのだろう」
「それは気の毒だ。新しい地図を作る時は外した方がいい」
「そうか?」
「罪人の子は罪人ではあるまい」
「確かにその通りだな。うむ、そろそろ地図も新調するか。だいぶ色あせてきたからな」
「不要になったらこの地図をくれないか?」
「かまわぬがどうするつもりだ?」
「ギランガの頭領殿が描いてくれた手製の地図が酷いものだった。こりごりだ。地図はまともなものに限る」
「ジャンニは方向音痴だ。彼に描かせることが間違っている」
「知らなかったんだ。まさか目印に猫を使うヤツとは思わなかった。猫は動く生き物なのに!しかも、肝心の猫も見つからなかった」
「それは大変な目にあったな。だが目印となる猫を探すのは無駄だったと思うぞ。ふむ、今度ギランガのよき地図をやろう」

さすがに同情顔になったアルドーにロディールはありがたく貰い受けることにした。

「ありがとう」