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◆青海のギランガ(6)

淡い緑の腕が次々に背から生えてくる。
無数の腕は色が薄く、形もおぼろげのため、淡く輝く緑の翼のようだ。

淡い光の翼は、ロウタスを胸に抱くようにしながら寝台に座っているロディールごと覆い尽くすように広がっていく。
アガールの目の前でその翼は、ただきらきらと輝いて体に降り注いでいく。その様は木漏れ日に似ている。まるで淡い緑の雨がちらちらと輝いて降っているかのように美しい。
手術といっても『聖ガルヴァナの腕』で行われる手術は、直接、生気の腕で体内を診るために体にメスを入れられることがない。そのため、知識のない人間には何が行われているのか判らない。
しかし、緑の印を持つ者、医療に携わる人間にはおぼろげに知ることが出来る。
無数の腕が、弱っている臓器を活性化させ、降り注ぐような強力な癒しの生気で蘇らせているのだ。
病原となっている臓器の一部を負の気の刃が切り捨て、生気で生み出された糸が紡がれて、様々な形となって血管や臓器を補強していく。
毒と化している腐った血ははき出され、血が足りなくなるかと思えば、肉体自体を生気が守っているので問題はおきない。溢れるような生気が患者を守っている。

「すげえ…」
「すさまじい凄腕医者だ……」

海賊たちは呆然とその様子に魅入った。
彼らには詳しいことは判らない。ただロディールから緑の翼が生え、きらきらとした緑の羽根がロウタスの体に降っているように見えた。とても美しく幻想的なその様は夢のように彼らの目を惹き付けた。


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治療を終えて部屋を出る頃には、ずいぶんと陽も傾いていた。
ギランガの初日がほとんど潰れてしまったとロディールは顔をしかめた。

「とりあえずこの薬を飲んでおけ。痛み止めだ。いいか、麻薬は止めろ」

アガールに薬を渡すと、相手は受け取りつつ真顔で頷いた。

「判った。ありがとう」

報酬を問われたので、素直に答えると安すぎると呆れられた。

「田舎はこんなものだが?」
「これだけの治療をしてくれたんだ。もっとボッタくってもいいと思うぞ!だが助かった」
「さっきの店に戻る。何かあったら呼んでくれ。だが俺はよその人間なんで長居はしない。この街には仕事で一時的に来ているんだ」

ロディールは、そう告げて、船を出た。
すっかり夜になっていたが、大きな港町だけあり、ところどころに明かりがあって歩きやすい。
店に戻り、中座して悪かったと店主に謝罪すると、戻ってくるとは思わなかったと驚かれた。
店主は昼間とは服装が異なり、今度はウサギの耳をつけていた。

「……!!!(フリルマニアかと思っていたら、今度はウサミミか!しかもピンクか!)」

彼は、この酒場『耳ウサギ亭』の店主だという。
料理の腕は確かで、出される料理はうまい。店もそこそこ繁盛しているようだ。

「あんた、まじめでいいやつだな。あんただから教えてやるがディガンダには深入りしねえ方がいいぞ」

飯は美味いのに、この店主の服の趣味はどうかと思っていると、まじめな話をされた。

「俺はよその人間だ。長居はしないから大丈夫だろう。ディガンダってのは?」
「ディガンダは古くからいる海賊でな。大海賊のひとつだ。気性の荒い者が多くて、結束が強い。ディガンダは実力者揃いで腕のいい男しか乗せない船だ」
「なるほど…」
「やつらは先祖も罪人だという。関わり合いにならねえのが一番さ」
「そうか…だが俺は薬師だ。怪我人や病人がいるのであれば、誰であろうと助ける」
「アンタ、薬師の鏡だな。だが面倒事に巻き込まれないよう気をつけろよ」
「ありがとう」