ロディールが連れて行かれた先は船であった。巨大な船が並ぶ港町の中でも、他の船に見劣りしない堂々とした船である。
縄ばしごを登ってその船に乗ると、見覚えある赤毛の男と目が合った。
「センセーじゃないか!久しぶりだな。こんな遠くでアンタに会えるなんて、これは運命に違いない!」
以前会った時に『惚れた!』と叫んだ、茶色に近い赤毛の髪をした元気な青年は、心底嬉しそうに駆け寄ってきた。
腰にはこの街でよく見る湾曲型の刀身を持つ剣を下げている。
「あぁ、ミーディアの公立診療所で会った男女(おとこおんな)の連れか」
「センセー、ひでえ言いようだな!まぁ間違ってはいないけどよ、せめて種族名のリースティーアと言ってくれよ!」
「何故ここにいるんだ?船乗りだったのか?」
「いや、船乗りっつーか、ここだけの話だぞ。俺は海賊なんだ」
「アンタ、海賊なのか。サイアクだな…」
「本当にひでえ言いようだな、センセ!」
「酷いのはお前の職だ」
すると俺は海賊船に連れてこられたのか、とロディールは思った。
見たところ、船に乗っている男達は全員が共通の入れ墨を体のどこかに入れているようだ。
「で、患者はどこにいる?」
「俺の治療とは思わないのかよ?」
「どう見ても健康体じゃないか。触れなくてもそれぐらい読み取れる」
「センセ、本当に腕がいいな!…その腕を見込んで頼みがある」
連れを診てくれ、と赤毛の男。
ロディールは火をつけずに煙草を咥えた。
「ロウタスと言ったか、お前さんの相棒は」
「覚えてたのか」
「治療途中で逃げ出した患者だ。それも難しい手術の後だったから忘れようがない。俺は完治するまで入院するように忠告しておいたはずだ」
引き裂かれた腹を治療した記憶はロディールにハッキリと残っている。新しい記憶だ。
「判ってる。あいつの自業自得だ。
だが俺はあいつを助けたいんだ。
海賊船じゃ誰も診てくれない。複数の医師に頼んだが全部断られた。
無理矢理つれていけば、医者に薬と称して毒を盛られかねない。同意の上、つれていくしか手がないんだ」
ギランガにもダメ元で来たが、アンタがいてくれて本当に良かった、とアガール。
「やれやれ……一度関わった患者を見捨てるのも後味が悪い。ただし治療費は取るぞ。患者はどこだ?」
「ありがとう!」
「ところでアンタ、名前は何て言うんだ?俺はロディールだ」
「アガールだ」
(助けられるだろうか……)
感謝して頭を下げたアガールの後を追って歩きつつ、ロディールはそう思った。
毎回、ぎりぎりのところで助けている患者。それも毎回、治療を途中で放り出して逃げている患者だ。どのように体調が悪化しているか判らない。
(まぁやるしかないか。聖ガルヴァナよ、ご加護を…)
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船独特のふわふわと揺れる不思議な感覚に戸惑いつつ、船内を歩いていき、奥にあった部屋に案内される。
問題の怪我人が居るという部屋は、その船の船底近くにあった。
誰も入るなと言い張っているらしく、誰も入れないという。
「何で入らないんだ。相手は怪我人なんだろうが」
「誰も入るなって言い張っててな」
腕が立つから、暴れられると手に負えなくて、とアガール。
「やれやれ。本当に世話が焼ける患者だ」
扉を開けると、男は寝台にも座らず、部屋の奥で蹲っていた。
そしてずいぶん痩せている。一目で弱っていると判る。
ロディールは室内に立ちこめる香りに顔をしかめた。薬師であるロディールは薬に詳しい。これは麻薬の匂いだ。痛み止めに使用しているのだろう。
「久しぶりだな、逃亡患者」
「てめえ、あのときの…!」
体調が悪くとも反抗的なところは治っていないらしい。
そんな相手に睨み付けられ、ロディールも睨み返した。
せっかく手術したのに逃げられ、相手は体調を悪くしたあげくに麻薬まで使っている。これで腹が立たないわけがない。ロディールは怒っていた。
幸い、周囲はロディールの味方だ。アガールや他の船員たちにも船長を助けてくれと言われている。今度こそ逃がさない。徹底的に治療するつもりだ。
「全く、アンタには毎回手を焼かされるな」
「頼んでねえ!!」
「黙れ」
負の気を叩き入れて気絶させると、その鮮やかな手並みに海賊達から『おぉっ』と声が上がった。
「腕がいいな、あの医師。よき海賊になれるぞ」
「俺は海賊になる予定はない」
聞き捨てならないことを否定しつつ、ロディールはロウタスの治療を始めた。
「扉は開けっ放しにしておけ。空気を入れ換えるんだ。この香は消せ、不要だ。
全く……こんなに凶暴で逃げ足の早い、命知らずな患者は初めてだ」