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◆青海のギランガ(2)

港町ギランガは国内最大の港町と言われているという。
確かに大きな街ではあったが、南方最大の都といわれるミーディアで一年近くを過ごしたロディールはそこまで驚かずに済んだ。

(これが海か、見事だな)

むしろ町並みよりも生まれて初めて見る海の方が圧巻だった。
そうして向かった港町の頭領家でロディールは十代半ばの青少年に出会った。
よく日に焼けた肌をした、白っぽい金髪の相手は名をジャンニと名乗り、ギランガの頭領であると告げた。

(確かに若いと聞いていたが、俺より年下とは思わなかった!)

「よく来たな。アンタが公ご自慢の天才医師か」
「俺は薬師だ」
「細かいことは気にするな。よき海の男になれないぞ!」
「俺は山育ちの薬師だ。薬草も育たない海に行く気はない。しかし、若いな……」
「あぁ、先代は海に落ちて死んでしまってな。まぁ、俺がいるから問題ない」

ジャンニは自信たっぷりにそう言った。

「ところでメシは食ったか?今日はいい魚が釣れたんだ。まぁ一杯やっていけ!」

魚も酒もロディールの興味をそそるのに十分であった。

「頂く。ありがとう」


++++++++++


酒や煙草を好み、出世や金儲けを好まないロディールと、妙に達観したところのあるジャンニは性格が合い、初日から意気投合した。
ジャンニは、幼き頃から頭領としての英才教育を受けてきたこと、先代が残したよき側近が支えてくれていること、ミスティア家のバックアップがあり、統治に問題がでていないことを教えてくれた。

「ミスティア家もうちも、代替わりが少々早いぐらいで揺らぐような甘い基盤じゃないんだ」

北はどうか知らないが、とジャンニ。

「北?」
「三大貴族の一つ、サンダルス公爵家だ。あそこは直系も将軍職に就くことが多い軍人家系だ。隣接する北の大国ホールドスの侵略を止める役目を担っているからな。早世する者が多い。他家に比べて一族の数が少ないと聞いている」
「確か、最近も死者がでたんじゃなかったか?」
「あぁ、孫が死に、息子の妻が死に、息子が死んだ。老当主も気落ちしておられるという。気の毒なことだ」
「確かに哀れだな。しかし、アンタも今のところ唯一の直系とやらじゃないのか?」
「あぁ、言ってなかったか?ギランガの当主は手頃な血筋で受け継がれているんだ。直系には拘っていない。俺の後任は甥っ子だ。アルディン様と同世代さ」
「手頃な血筋…」

ロディールは呆れた。貴族の言葉とは思えない台詞だ。

「よくもなく、悪くもなく、それなりの血筋でいいってわけだ。才能も、まぁガキの頃から当主として鍛えれば何とかなるからな」
「それでいいのか?」

国内最大の港町だ。言葉でいうほど簡単な話ではないだろう。
そう思いつつ問うと、ジャンニはニヤリと笑んだ。

「ギランガの統治には何よりも実力がものをいう。商人が多いこの街じゃ血筋なんてものは通用しない。それにな」
「うん?」
「若い、未熟だと甘く見られた方が、タヌキジジィを騙すのに都合がいいんだぜ?」
「なるほど。ところでこの酒はなんだ?ずいぶん独特な味をしているが…」
「美味いだろ!俺特性のドブロクだ」
「手作り酒か!腹をこわしたらどうしてくれる!」
「失礼なヤツだな。お前、医者だろうが。自力で治せ」

十代半ばで酒すら作って楽しんでいるらしい。
いろんな意味で末恐ろしい相手だと自分を棚に上げてそう思うロディールであった。