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◆青海のギランガ

罪人の島、と呼ばれる地がある。
ミスティア領の東、海軍島の南に位置するその島は、流罪の地として使われた島であり、古くから罪人とその子孫が住んできた。
今は流罪の地としては使われていないが、過去の罪人の子孫は暮らしている。そんないきさつがあるため、一般人には忌避されている島だ。
肥えた土でもないため、作物の実りもあまりよくはない。特産品があるわけでもなく、人口も少ない。
常に罪人であるという噂が付きまとう、そんな島だ。

「イルファーン!」

名を呼ばれた男は、漁に使う網の補修をしていた手を止めて、顔を上げた。
イルファーンは二十代前半のまだ若い男だ。黒い髪と深緑の目、彫りの深い顔立ちと日に焼けた肌をしている。
そのイルファーンの元へやってきたのは、三十代の男とその親である老齢の男だ。

「トムガの爺さんが死んだ」
「とうとうか……」
「ばあさんたちも次は自分かと怯えている」

イルファーンは思慮深い眼差しを曇らせた。

「そうか……」

その謎の病が島を襲ったのは、半年前のことだ。
ちくちくとした痛みが徐々に広くなり、悪化する。
熱はでないが、常に倦怠感があり、貧血が出始め、体力が衰えていく。
気付いた時にはどうしようもないぐらい体力が落ちていて、死に至る。
近隣の島や港町でも広まっていると知ったのは、つい最近のことだ。
罪人の島は情報が閉ざされている。近くの港町でも避けられてしまうから、大陸からの情報が入ってこない。日用品を買おうにも、品を投げるように渡されるのだ。こちらはちゃんと代金を払っているというのに。

「医者がいたら……。うちのばぁさんの具合が悪いんだ。少し腹が痛むと言っている。謎の病じゃなかったらいいんだが…」

心配そうに老齢の男が呟く。
しかし、医師はいない。昔からいない。
病にかかれば自力で治すしかないのが、この島に生まれた者の運命だ。
陸の医師も罪人の島人だと知れば、診てはくれないのが現状だ。

「ロウタスたちは、まだ戻らないのか?」
「そろそろ『仕事』に出ないといけない時期なのにな」

島で手に入る物だけでは生きていけない。それほど豊かな島ではない。
島人は海賊と取引をすることを学んだ。それもまた先祖の代のことだ。
その取引はずっと続き、今も続いている。
島人は品を手にする代わりに、海賊に水と食料、そして安全な寝床を提供している。
海賊の名は『ディガンダ』という。
今では島人からもディガンダの船員が出ている。

「捕らわれたんじゃないだろうな」
「アガールが一緒だ。大丈夫だとは思うが」
「一体何をしているんだ」

ロウタスはイルファーンと同世代の男だ。
大変気性の荒い男で、ディガンダでは幹部の一人だ。何をやらかすか判らない危険性を秘めているため、異父兄弟のアガールがいつも一緒に行動している。
人口の少ない島であるため、イルファーンとロウタスたちは幼なじみに近い関係だ。
イルファーンは、幼い頃から聡明で人望があったため、次の島長となるだろうと言われている。
そこへ顔見知りの少女がやってきた。果物が手に入ったので分けてくれるという。
イルファーンが礼を言って受け取ると、少女は顔を赤らめ、嬉しげに去っていった。

「相変わらずモテるな」

からかわれて、イルファーンは苦笑した。
彼はよくモテる男だ。しかし、彼自身はあまりそういったことに関心がないため、少々困っている。

「嵐が多くなる季節の前に出ないといけないってのに」
「そうだな……」

いずれにせよ、人が揃わねば出航はできない。
イルファーンは友の無事を祈るように海の方を見つめた。