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◆銀のミーディア(16)

その日は遅くまで処置を続け、さすがに疲れ果てたロディールは、病院の仮眠室に泊めてもらった。もちろん、アルディンも一緒である。
翌朝、朝食の席で、ロディールは銀の城からの迎えを受けた。

「ちょっとセンセー!いくら何でも泊まらないでくださいよ。昨夜、ミスティア公がお戻りになられて、アルディンがいないって騒がれたんですから」

銀の城の騎士、セシャンである。

「仕方ないだろう、患者がたくさんいて忙しかったんだ」
「センセーだけならそんなこともあるかもしれないって思いますよ。でも、アルディン様もご一緒じゃないですか。どんなに遅くなっても帰ってきてくださいよ、この方は次のミスティア公なんですから!」

周囲の医師や看護師たちの驚愕の視線を受けつつ、ロディールは少し反省した。確かにアルディンまで泊まらせるのはまずかったかもしれない。
そこでロディールの隣で同じように朝食を食べていたアルディンが反論した。

「私は将来、いい兵隊さんになる」
「アルディン様!」

出血や衰えた患者を見ても、平然としていた子供だ。確かに血を見る軍人にも向いているかもしれない。彼の親が許すかどうかはともかくとして。

「………それはアルドーにはナイショにしておくんだぞ、アルディン」

きょとんとしているアルディンの頭を撫でつつ、アルドーは軍人になることを許さないだろうなと思うロディールであった。

人手不足のために公立診療所からは嘆かれつつも、銀の城へ連れ戻されたロディールは、銀の城の医師団に見てきたことを報告した。

「よく効く薬があるはずなんだ。ただ、調合をハッキリと覚えていない。実家にはあるはずだから、早急に調合が書かれた文面を取り寄せようと思う」
「うむ、それがいいだろう」
「俺が行けたら一番いいんだが、アルディンがいるからな。人を雇って取りに行ってもらおうと思うんだがいいだろうか?」
「それならば騎士に頼むがいい」

いわゆるお使いのようなものだからすぐに行ってくれるだろうと言われ、ロディールは頼むことにした。
案の定、セシャンはあっさりと頷いてくれた。
騎士には馬がある。そういった危険性のない仕事ならば新米騎士にぴったりだからと言ってくれた。

「キキーカという鳥の骨を使うはずなんだ」
「キキーカの骨か!!」
「この大陸にいない鳥だ……」

寄生虫は印で何とかできるが、卵はそうはいかない。
そのため、薬を使うしかないのである。

「貿易で取り寄せるしかない」
「寄生虫はどんどん広まっている。早急に取り寄せないと取り返しがつかなくなるぞ」
「うむ……」
「ミスティア公にお願いしよう」
「うむ」

そうしてアルドーの元へ向かったロディールは、アルドーに驚かれた。

「アルディン、その顔の傷はどうしたんだ!」
「騎士ごっこをした。楽しかった」
「そ、そうか、楽しかったのか。しかし可愛い顔に傷が…!」
「……可愛くなくなった?」
「そ、そんなことはない!アルディンはいつでも可愛いぞ!!」

視線を向けられたロディールは煙草の葉を咥えた。子供がいるので火は付けずに咥えただけだ。

「転んだときのかすり傷だ。痕など残らない。子供は子供同士で遊ぶのが一番だ」
「うむ。そうだな…」

意外にも否定されなかった。
親バカな男の意外な一面に少し驚いていると、アルドーはいつものようにアルディンを抱き上げつつ苦笑した。

「私は正妃の一人息子だ。兄弟は娘ばかりの上、血筋があまりに違いすぎた。殆ど一人っ子で育ったようなものだ。遊び相手には恵まれなかった。アルディンにはのびのびと育ってほしいと思っている」
「あんたはずいぶん若くして座を継いでいるしな」

アルドーが生まれたとき、先代はすでに高齢だった。アルドーはやっと生まれた一人息子だったのだ。当時、次期領主は女性だろうかと噂されていたという。
父が残したよき側近に支えられ、領主としての才能にも恵まれたものの、アルドーは孤独だった。
アルディンが生まれて喜んだのはそれも理由の一つだ。やっと己と同じ立場の者が生まれたという安堵や喜びがあったのだ。
現状ではいろいろと難しいが、アルディンにはいろんなものを見て、聞いて、体験し、幸せに育ってほしいと思っている。
ロディールの口利きに怒らないのは友がいなかったからだ。身分差を気にせず、対等に喋れる相手が嬉しかったのだ。

「気に入った女性がいるんだ。アルディンに弟か妹を作ってやれそうだ」

ロディールはミア姫を思い出して顔をしかめた。

「あんた、女性運はなさそうだ。気をつけろ」
「……うむ」

ロディールの警告にアルドーは顰め面になった。

「アルディン、お前も将来、変な女に捕まらないようにな」
「?」

幼子はきょとんとしている。

「ところで医師団からの報告がある。最近、城下で流行っている病があるんだが……」

事情を聞いたアルドーはすぐに動いてくれることを約束した。
応援の医師と薬の手配をしてくれるという。

「調合に使う材料が判明し次第、手配しよう。ウェール一族に借りを返すいい機会だ。あの一族は東の大陸に大きな販路を持っているから、キキーカの骨も確実に入手してくれるだろう」
「それはよかった」

さすがにミスティア公であるアルドーが動いてくれると心強い。
何とかなりそうなことに安堵するロディールであった。


診療所の方にはロディールとブラウが応援で出向くこととなった。銀の城を空けるわけにはいかないため、二人が限界だったのだ。
ブラウはいきなりの大仕事に最初は顰め面だったが、2、3日もすると、上機嫌で診療所へ向かうようになった。

「あのスルペル師ってのは、可愛いな〜」

狙いの相手が出来たのが理由らしい。
愛らしい女性でもなく、男で痩せて目つきの悪い医師のどこが可愛いのか、ロディールにはよく判らなかったが、ブラウは『スルペルの為に頑張らないとな〜!』とやる気満々だ。邪な理由ではあるが、やる気があるのは良いことだ。ロディールは口だししないことにした。
そうして、ロディールは時折、アルディンを連れて診療所を訪れた。
アルディンは同じ世代の子供達と遊ぶのが楽しいらしく、上機嫌でついてくるようになった。


++++++++++


そしてしばらくのち、ロディールに新たな仕事が入ってきた。

「港町の被害が深刻らしい!すぐに出向いて、状況を調べてきてくれ!」

人手が足りないため、お前が直に行ってくれ、と言われ、ロディールはため息を吐いた。
公立診療所だって常に人手不足だというのに、他の街にまで行かねばならないらしい。

「可愛いアルディンなら大丈夫だ、私が見ているから」

毎朝、そのアルディンに起こされているようじゃ、どちらが世話をしているのか判らない。あてにならない話だとロディールは思った。
幸い、最近はブラウにも懐くようになった。医師団の仲間達に頼んでおこうと思いつつ、仕方なく港町ギランガへ向かうロディールであった。

<次話『青海のギランガ』に続く>