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◆銀のミーディア(15)

ロディールの朗々とした歌と共に無数の淡い腕が背から次々に飛び出してくる。
無数の腕は、形がおぼろげなほど薄く淡い緑色のため、まるで翼のように見える。
翼は怪我人を覆い尽くすように広がっていく。
実際は、男の体に無数の聖ガルヴァナの腕が入り込み、破損した傷口を一時的に繋ぎ、出血を止めているのだ。同時に大量の生気を注いで、死にかけた細胞を助けている。
男の体全体を淡い緑の生気で覆い、回復を促進しつつ、『毒障浄化』を発動させる。
本来は毒など体内の有害なものをはき出すための技だが、逆にも使えるのだ。今回は出血を体内へ戻すのに使う。その際、体内に混ざっていた砂や小石など、不要なものをはき出し、綺麗な血だけを体内へ戻していく。
そしてちぎれた血管をつなぎ合わせる。破損した血管が多いため、大変な作業だ。しかし、ロディールは光印縫合が得意だ。生気で紡いだ糸を操り、血管をつなぎ合わせていく。しかし、とにかく量が多くて細かい。器用なロディールにとっても難作業になった。

(内臓までちぎれている。しかも足りない)

まるでパズルのように破損していた内臓を縫い合わせ、足りない部分は生気で出来た糸で補強しておく。そうしておけば生気を媒介にして自然治癒していくのだ。むろん、大きすぎる破損には使えないが。
途中、止まりかけた心臓を蘇生し、綱渡りのような治癒は二時間近くに及んだ。
その間、場所が場所だけに通り過ぎる人々の注目の的だったが、看護士や善意の人々が、野次馬を遠ざけてくれたおかげで治癒が邪魔されることはなかった。
そうしてロディールが助けた男は数日間、生死の境をさまよったが、奇跡的に命を取り留めたのであった。
この一件は目撃者が多かったこともあり、一気にロディールの名を広める結果となったのだが、ロディールは知るよしもなかった。


++++++++++


施術を終えたロディールは、患者と共に入院病棟へと移動した。
その間に、看護婦に連れられてアルディンも戻ってきた。
アルディンは病院に勤める者の子供達と一緒に病院の中庭で遊んでいたらしい。転んだのか、顔にひっかき傷を作っていた。

「騎士ごっこをした。面白かった」
「そうか。騎士をしたのか?」
「違う。兵隊さん係だった」
「兵隊…」

子供ながらに役割を振って遊んでいるらしい。
同世代の子供と遊ぶのは初めてだっただろうが、楽しかったのだろう。目がきらきらと輝いている。いい経験になったようだ、とロディールは思いつつ、頬の傷を消毒してやった。

「さて、事情を聞こうか」
「……ロウタスは自分で腹を裂いたんだ」
「何だと?」

ロディールは、患者の連れから事情を聞き、呆れ顔になった。

「……腹にいた子を殺すために、腹を裂いただと……?」

どことなく見覚えがあるはずだ。患者は以前ロディールが助けたリースティーアの者だったのだ。

「月のものが止まったから、妊娠したのは間違いないはずなんだ」

付き添いの男の説明にロディールは顔をしかめた。

(そういえば、強姦被害を受けていたな……そのときの子か。俺としたことが見落としていたとは……。そのとき気付いておけば、何らかの対応が取れたかもしれないのに…)

しかし、どうして見落としたのか。一応、腹部も見たはずだが。
そう思いつつ、腹をもう一度調べたロディールは別なることに気付いた。

(何かいる……とても小さなものが複数………寄生虫か!)

印を得たばかりの頃、父と祖父が見た患者を思い出す。とても小さな判りづらい寄生虫だと言っていた。もしかすると同じものかもしれない。

「おい、腹にいるのは虫であって、子じゃないぞ」
「虫!?」
「寄生虫だ。とても小さい。ちくちくとした痛みと全身に漂う倦怠感、そして貧血がなかったか?」
「ロ、ロウタスは何も言わなかったから……だが、あったかもしれない。あいつは弱音を吐くヤツじゃないから…」
「なるほど…」

こんなものを重傷患者に寄生させておくわけにはいかない。
ロディールは即座にその寄生虫を殺すことにした。
負の気と毒障浄化でとりあえずの対処ができるのだ。

「アンタ、ほんっとにすげえー!!惚れたよ!!」
「はぁ?」

突然の告白に驚いたロディールは、その様子を、顔色を変えて見つめている看護婦の姿に気付かなかった。


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施術を終えたロディールは、すぐに別の患者を診てくれと看護婦に連れていかれた。
その後をアルディンが小走りで追ってくる。
連れて行かれた先は別の入院病棟だ。
痩せた姿でぐったりと眠っている患者は中年女性だ。側にはその伴侶らしき男が付き添っている。
同じように患者を診たロディールは頷いた。

「同じ寄生虫だな。先ほどよりずっと酷い」
「やっぱりそうなんですね!!やっと原因が分かったわ!!よかった!!」

同じ症状の患者がたくさんいて、対処法が判らなくて困っていたのだという看護婦はとても嬉しそうだ。助けられることが判明したからだろう。

「先生、お疲れでしょうけれど、どうか、お願いします!!」
「判った……」

ふぅ、とロディールはため息を吐いた。
さすがに疲れている。しかし、これほど弱った患者を前に放置しておくこともできない。
仕方なく印を発動させるロディールであった。