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◆銀のミーディア(12)

せっかく王都まで来たので、アルディンに観光させてやってくれと言われ、翌日、ロディールは王都観光をすることにした。
護衛は数人。そのうち一人が直につき、残るメンバーは目立たないようにやや離れた位置から密かに護衛してくれるらしい。
直についてくれたのは、二十代半ば、褐色の髪に明るい緑の瞳をした騎士である。
名をセシャンといい、ミスティア領主の護衛として同行しているだけあり、有能な騎士であるらしかった。
セシャンは最初から顰め面だった。問題はアルディンの服にあった。

「センセー、俺、目立たない格好を選んで欲しいとお願いしませんでしたかね?」
「アルドーに言ってくれ。これでも目立たない服を選んだんだ」

アルドーは着道楽の一面がある。
豊かなミスティア領の領主だけあり、くさるほど服を持っているアルドーは、当人の容姿のよさもあって、自分に似合う服をセンス良く着ている。
問題はそれを周囲に押しつける一面があることだ。
愛する我が子に用意された大量の服は、質も量も一級品ばかりで、一目みただけで質の良さが判るものばかりだ。今回は国王との面会用に用意されたので超がつく一級品ばかり。ふんだんに宝石がちりばめられたものも少なくない。

「これでも目立たない服なんだ」

艶のある黒い服に白いリボンを胸元につけたアルディンは非常に愛らしい。きらきらと光るクセのある金髪が黒地の服に映えて、愛らしさが増している。アルドーのセンスは確かだ。
しかし、その黒地の服が一目で高級品と判る品なのだ。艶のある光沢でよくみると全面に刺繍が施されているという贅沢なものなのだ。おまけに大きなリボンまでついている。貴族の子だと一目で判る。
はぁとため息を吐いたセシャンにロディールは途中で服を買おうと告げた。

「アルドーが何らかのときのためにと金を置いていってくれたから」
「それ、銀貨、入ってますよね?」

確認するように問われ、ロディールは袋を開けてみて、驚愕した。
けっこう入っているので、銅貨だと思いこんでいたが、見事に全部金貨であった。平民であるロディールには想像もできない中身であった。

「……入ってない……」
「……あらかじめ、両替してから行きましょう」

センセーもいい服を着てますね、と言われ、ロディールは苦笑した。

「アルドーが勝手に作らせたらしい」

貴族の基準がよく判らないので、貴族の世話役として見苦しくない服をと言われると困るのだ。そのため、周囲任せにしているロディールである。メイドやアルドーに与えられたものを言われるがままに着ているだけだ。
しかし、意外と似合っている。
ずば抜けた美男子というわけではないが、クセのない顔立ちに180cmの長身、薬師という職業柄、日焼けせず白い肌に白っぽい金髪というロディールは、見目が悪くないのだ。
そしてアルディンと同じ金髪というのも有利に働く。アルディンがロディールの子に見えるため、ミスティア家の子と疑われにくくなるのだ。

「いいですか、センセ。今日は俺が旦那でアルディン様は俺たちの子という設定でお願いします」
「設定……まぁ、なんでもいいが……」


++++++++++


服にもランクがある。
アルディンやアルドーが普段着ている服は、一流の被服師に仕立てさせた高級品だ。
そこまでいかずとも、一人一人のために作る仕立て屋は、普通に王都にもある。生活レベルが中クラスの者たちは時と場合に応じて利用する店だ。
一方、庶民の普段着のような安い服は大きな籠に盛られて、売られていることも多い。
そういった服を物色していたロディールは、急ぎだから仕立てた服とまではいかずとも、せめて中以上の質の服を選んでくれと言われ、苦笑した。

「すまん」

アルディン用だ。確かにみすぼらしすぎる服はかえって目立つだろう。
そうして選んだ店はこじんまりとしていたが上品な雰囲気の店だった。周囲に大きめの被服店が二件ほどあるため、あまり目立たないが、ロディールは雰囲気の良さに惹かれて、店内へ入った。

「子供向けの服は置いてあるだろうか?」

セシャンの問いに初老の店主は静かに笑んで頷いた。

「サイズが合えばいいのですが」
「この子に合う服を頼む。全身欲しい」

店主はアルディンの肩幅などを簡単に採寸すると、店の奥へ行き、大きな箱を抱えて戻ってきた。
中には明るい茶色をベースにした服が一式入っていた。上品だが華美でなく、シンプルなデザインの服だ。平民の結婚式などに着るにはよさそうだろう。
どうする?とセシャンに視線で問われ、ロディールは頷いた。

「いいんじゃないか?店主殿、早速着替えさせたいんだが」
「かしこまりました。奥へどうぞ」
「ありがとう。行こうアルディン」

アルディンとロディールが店主の妻に付き添われて、店の奥へ向かった後、セシャンは銀貨を三枚取り出し、卓上に置いた。

「何も聞かず、受け取って頂きたい」
「畏まりました」

物静かな店の主人は、心得たように頷いた。
服の代金には多すぎるこの金額は、いわゆる口止め料も含んだ金額だ。ただのお忍びの観光のため、滅多なことはないだろうが、念のためというわけである。
そうして、一行は、無事に着替えて店を出た。

無表情すぎて、楽しんでいるのかそうじゃないのかよく判らないアルディンと共に、街をのんびりと歩く。
さすがに大国の王都だけあり、大通りは大きな店だらけだ。人通りも多くて、あまり人混みに慣れていないロディールはくらくらした。
幼児連れなのでときどき休憩しつつ、ゆっくりペースで街を見て回り、途中、果物屋でリンゴを購入した。

「何で王都まで来て、リンゴなんです?」
「たぶん剥きたいのだろう」

欲しい物はないかと問うたとき、アルディンがリンゴと即答したのである。

「いいじゃないか、当人が欲しがっているんだから。まだ幼児だ。物の価値など判るわけがない。欲しがっているものを買ってやるのが一番だ」
「まぁ、確かに」

そうしてリンゴを手に帰る途中、ロディールたちは騎士の一行に会った。数人の騎士と二十人ほどの兵士とすれ違ったのである。
普段は無表情のアルディンが、珍しく興味津々で見つめていることに気づき、ロディールはセシャンに問うた。

「あれは?」
「近衛騎士ですよ。騎士のマントに翼の刺繍があったでしょう?あの中央部の数字が所属の団を示します。3だったので、あれは近衛第三軍ですね。猛将グラメット将軍の団です」
「アルディン、近衛騎士だそうだ」
「カチャカチャ…」
「あぁ、鎧の方を言ってるのか。あれは兵士だから兵隊さんだな」

騎士の下には一般兵の階級がある。厳しい試験を受からねばなれない騎士と違い、一般兵は徴兵や志願兵中心なので、健康な男ならば普通に職の一つとして就くことができるのだ。

「兵隊さん。どうしたらなれる?」
「……さぁ。勉強したらなれるんじゃないか」
「頑張る」
「兵隊さんになりたいのか?」
「かっこいい」

騎士じゃなくて兵士ですかぁ…と複雑そうにセシャンが呟く。現役の騎士なので複雑なのだろう。

「たぶん、鎧を気に入っただけだ」

そうセシャンにフォローしつつ、ロディールはアルディンの頭を撫でた。

「頑張れよ。けど、兵隊さんになりたいことは父上には内緒にしておけ」

我が子を溺愛するアルドーが聞けば驚愕するのは間違いないと思うロディールであった。