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◆銀のミーディア(11)

南東にあるミスティア領から王家まではかなりの距離がある。
子連れなので馬車で向かったロディールたちは、10日ほどをかけて王都についた。
ミスティア家は、王都の中でも一等地にある場所に広い屋敷を持っていた。当然ながら、屋敷のために世話人も雇ってあった。
屋敷で着替えてすぐに王家へ向かったアルドーを見送り、ロディールはアルディンと共に休憩することになった。アルディンが長旅で疲れていたためだ。
しかし、アルディンを寝かしつけた後、ロディールは王宮に呼ばれた。

(なんでこんなことになってるんだろうな…)

ロディールは思わずそう、自問自答することとなった。
目の前で酒盛りしているのは、第一王子ダルレインとミスティア公爵アルドーだ。
ロディールが呼ばれた理由は、『酒を一緒に飲もう!』という理由だったのである。
思わず逃げたくなったロディールであったが、『俺たちのような立場になると、誰も一緒に酒を飲んでくれなくなる』と嘆かれては逃げられない。
仕方なく諦めると、医者が一緒なら遠慮無く酒が飲めると喜んだ二人に、『アホか、あんたらは!』と雷を落としたロディールであった。

「明日は大切な会議があるんだ」
「そうそう。アルコールを残したままにしておくわけにはいかなくてな」
「そんな理由で俺を誘うんじゃない!」

ロディールの実家がすっぽり入ってしまいそうなぐらい、だだっ広く豪華な部屋である。卓上に並ぶ酒も一級品ばかりだ。
しかし、主役二人の会話が我が子自慢なのだから、独身のロディールには、酒も全く美味しく感じられない。

「ロディールも早く子を作るがいい」
「そうそう、子供はいいぞ」
「私が名付け親になってやろう」
「いらん。俺がつける」
「そなたの子が生まれたらよき医師になれるだろうな、楽しみだ」
「そのときは御殿医にしてやるからな」
「大きなお世話だ。仕事ぐらい自分で決めさせる」
「おお、親に頼らず自立させるというわけだな、偉いぞロディール」
「うむ、親としてよきことだな」
「ところで相手はいるのか?彼の末の妹がまだ独身なんだが、どうだ?」
「ココ姫はそなたに惚れているんだぞ、アルドー。つれないことを申すな」
「姫のことは可愛いと思っているが、お前を義兄と呼ぶ気にはなれん」
「(ココ姫って美姫で有名な王家の姫様じゃないか!さすがに嫁に貰う気にはなれんぞ!)」

どこまで本気でどこまでが冗談か判らぬ二人の会話に疲労するロディールであった。


++++++++++


何とか二日酔いにならずにすんだロディールは、酔っぱらい二人にお望みの『毒障浄化』をかけて、悲鳴を上げさせ、一騒ぎを起こして、公爵家の屋敷へと戻った。
王子とアルドーは予定どおり、会議に出席するらしい。
アルドーが会議を終えたらアルディンを王宮へと連れて行く予定だったが、予定よりずっと早く戻ってきたアルドーは険しい表情をしていた。

「早かったな」
「少々問題が起きてな。せっかくアルディンを連れてきたが無駄になったようだ」
「どうした?無駄も何も、単にダルレインのお子様方に会わせるだけの話だろうに」
「サンダルス公爵家の後継者が亡くなった」

ロディールは眉を寄せた。
あまり貴族に詳しくないロディールだが、サンダルスという名は聞き覚えがある。ミスティア家と並ぶ三大貴族の一つではなかったか。つまり、大貴族だ。

「……確か、北の?」
「そうだ。北方に領地を持つ貴族だ。不幸にも事故で生まれたばかりの子や妻が亡くなり、ようやく喪が晴れたかと思えば当人が死んだ。
まぁ彼には弟がいるから後継者の心配はいらないんだが、老当主は息子や孫を立て続けに失い、酷く落ち込んでおられるそうだ。……相変わらず北は血族が少ない。不幸な一族だ」
「生まれたばかりの子がいたのか。するとアルドーと同世代だったのか?」
「そうだな、近い。彼はまだ20代だった。やや遠方だが葬儀にでなければならない。
アルディンは連れていかないから、ミスティア領へ戻ってくれ」
「それはかまわんが、護衛などはどうするつもりだ?」
「俺は王家の方々と同行する予定だから、来た時の護衛とそのまま一緒に帰ってくれてかまわない。葬儀の後は、サンダルス公爵家から直接ミスティア領へ戻る。そのとき、新たな護衛が必要となるから、そちらを手配しておいてくれ」
「そうか。俺はよく判らないから、騎士隊長殿へそう伝えておくぞ」
「あぁ、それでいい。私からも一応伝えておく」
「あと、これにサインを頼む」
「何の書類だ?」

問いつつ、うっかりサインをしてしまったロディールは、サイン後にその書類が戸籍変更の書類であることに気付いた。

「おい、何だこれは!」
「ダルレインのヤツ、本気でそなたを王宮に引き抜くつもりのようだったのでな。とりあえずそなたを私の義弟にしておこうと思ってな」
「王宮になんか行かないぞ!お前の義弟もゴメンだ!」
「そなたの意思など無駄だ。ダルレインはやろうと決めたことは絶対にやる。あいつは直感がいい男でな。あいつの側近は第一印象で引き抜かれたヤツばかりだ。それがすべて当たりだから恐れ入る。そなたも目を付けられたからには時間の問題で引き抜かれるだろう。そうなってからでは遅い。力には力で。そなたをミスティア家の籍に入れておけば何とかなる」
「だからって俺は貴族になどなる気はないぞ!」
「理解しろ、ロディール。あいつはああ見えても世継ぎの王子だ。大国の王となる者が、よき人材を集めるのに手抜きするわけがなかろう。当人の意思など事後承諾で引き抜くに決まっている。当家が大貴族とはいえ、王家に力尽くでこられてはどうしようもないのだ。当座の断りの口実用だ。我慢しろ」

ロディールは憮然としたが、ダルレインよりはアルドーの方が理解があるようだと悟り、しぶしぶ諦めた。ほとぼりが冷めたら戸籍を戻してもらおうと思いつつ、ため息を吐いた。

「そんなに簡単に籍に入れていいのか?」
「過去には、孤児救済のため、多くの孤児を引き取った当主もいる。問題ない。
ダルレインに習うわけではないが、よき側近は宝だ。手段を選んでいる場合ではない」

俺は田舎でのんびりと薬師をしたいんだが、その話はどうなった?とロディールが思っていると、書類にハンコを押しつつ、アルドーは続けた。

「今日からそなたはロディール・ローグ・ド・ミスティアと名乗るように」
「ド・ミスティアって直系の姓だろう!?」
「私の義弟だぞ。直系に決まっている」

真顔で言うアルドーに、思わず現実逃避したくなるロディールであった。