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◆銀のミーディア(10)

アルディンと共に去っていったロディールを見送ったペインは、弟子が不満そうな顔をしていることに気づいた。
ペインだけでなく、銀の城の医師や薬師たちは弟子持ちが多い。
勤務条件がよく、収入にも時間にも余裕がある彼らは後進の育成に熱心だ。慢性的に人手不足の業界のため、代々のミスティア公もそれを推進している。

「あれに張り合おうと思うな、アイモ」
「何故です?そもそも彼に医師が勤まるのですか?」

アイモだけでなく、若い弟子たちは皆、ロディールを意識している。
医師団の最年少で、薬師の中でも医師の中でも一番若いロディールは本来見習いの世代だ。しかし、ロディールは正規の薬師として採用されている。見習いではないのだ。
採用されるだけでも誉れと言われる銀の城。それだけに見習いたちのプライドを刺激しているのである。

「あれは緑竜の使い手の孫でな。数年前、まだ印を得て間もないというのに『聖ガルヴァナの腕』を使い、『毒障浄化』の同時発動を行っていたという。
あれの祖父も相当な使い手だったが、恐らく同じぐらいかそれ以上の使い手になるじゃろうよ。
あれは腕を磨き続ければ、国でトップを争う癒し手になる。お主の見本にはならぬよ」

争うだけ無駄だ、と告げるペインにアイモは息を飲んだ。

「そんなに……」
「そもそもアルディン様をお助けしたのはあの男じゃぞ。お主らは何故かテーバが助けたと思いこんでいるようじゃが、お助けしたのはロディールだ。テーバは、城に到着後の処置を引き継いだにすぎない」

即死してもおかしくないほどの重傷だったとは銀の城の見習いたちも知っている。それだけに助けたのは腕のいいテーバだと思っていたのだ。まさか年齢の変わらぬ新入りだとは思ってもいなかった。アイモは驚いた。

「ロディールのことは気にするな。お主はお主のペースで腕を磨け。ロディールはお主らの見本にもライバルにもなれん」

ペインはロディールの祖父を知っている。数年前に会っているのだ。
そのとき、ロディールの祖父は、孫は筋がいいと話していた。それを覚えていたのだ。
新人を雇うために薬師ギルドからもらった書類の中にロディールの名があった。調べてみると間違いなかった。当然ながら雇うことに決めたのである。
実際に会ってみると、記憶にあった以上に腕を磨いていたロディールにペインは大変満足したのは言うまでもない。
しかし、同時に思ったのだ。彼は天賦の才を持った人間だと。良くも悪くも彼は普通の枠内に収まりきれる人間ではないだろうと。
医師団の長として今まで多くの弟子を育ててきたペインは人を見る目に長けている。ロディールはその中でも飛び抜けていた。すでに身につけた技もその身に生まれ持った能力も。
こういった人間は周囲を刺激する。ロディールは弟子と同世代なのにあまりにも実力が違いすぎる。
ペインとしては育てている弟子を潰したくない。人それぞれ生まれ持った能力があり、それをうまく育てていくのが師の役目なのだ。
その点、ロディールはすでにペインの弟子ではない。来た時からその範疇を超えているからだ。
ロディールの方もペインを師と思っている様子はない。上司として扱っているようだ。それでいいとペインも思っている。ロディールが悩んだり困ったりした時は、年長者としてロディールを助けるつもりだ。しかし、今はこれでいい。


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やたらと大きな寝台でアルドーは眠っていた。
大人だけで五人は優に眠れるであろう、無駄に大きな寝台だ。

「体を大きく揺さぶって、大きな声で呼んでみろ」

案の定というべきか、アルドーはアルディンが呼びかけるとすぐに起きた。『起こしてくれるなんて優しいな』とアルディンが起こしてくれたことに上機嫌だ。

「自力で起きれるようになれ、アルドー」

子に起こされて喜んでいるなんて間違っているだろうとロディールは思う。

「明日から王都へ行かねばならない」
「そうか、気をつけて行ってこい」
「違う。アルディンも連れていかねばならないから、お前も来い」
「は?俺も?」
「どうせ医師も一人同行させないといけないから、お前だとちょうどいい」
「前から言っているが、俺は薬師だ。医者じゃない」
「お前は似たようなものだろう。細かいことは気にするな」

いずれにせよ、仕事であれば強く反対も出来ない。長旅は好きではないが、行かざるを得ない。
三大貴族の一つ、ミスティア家の当主が王都へ向かうと言っているのだ。当然ながら用があるのは王宮だろう。

「ダルレインにも子供がいるんだ。アルディンと遊ばせてやろうと思ってな」
「ダルレイン?ご友人か?」
「あぁ、王太子だ」

あぁ、彼か、とロディールは思った。
三大貴族ともなれば、王族には一番近い立場だろう。友人というのも意外ではない。
そういう意味では三大貴族の子供の世話係である自分自身が一番意外な立場だと言えるかもしれない。何しろ、ただの平民だ。

「アルディンにも友達を作らせてやりたいからな」
「それはいい心遣いだ」
「そうだろう?まぁ、あいつの子供より俺の子の方が何倍も可愛いがな!」

せっかく感心したのに、それをぶち壊すようなアルドーの台詞にロディールは呆れた。

「そうか…」
「お前もそう思うだろ!?」

世間の親は誰でも自分の子の方が可愛いと言うものだ。
そう思いつつもアルディンが可愛いのは事実だったので、ロディールは頷いた。会ったこともない王家の子より世話をしている子の方が可愛いのは当然だ。

「やはり、そう思うか!」

同意を得られて喜ぶアルドーに、この親馬鹿なところさえなければ文句なしに有能な当主なのにと呆れつつ、きょとんとしているアルディンを抱き上げるロディールであった。