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◆銀のミーディア(9)

仕事の大半が子育てという日々に変化が起きたのは、ロディールが銀の城へやってきて、数ヶ月後のことであった。
夜半、ロディールは眠っているところを叩き起こされた。

「ロディール、急患じゃ」
「判った。患者はどこだ?」
「公立診療所の方だ。早く向かってくれ。馬車は用意してある」

銀の城には、ロディール以外に四人の医師と六人の薬師、そしてその倍の数の見習いがいる。
彼らは、形式上はミスティア家の医師だが、城内に勤める者たちの健康管理も兼ねている。代々のミスティア領主がそれを許しているのだ。
そして銀の城がある都ミーディアには公立診療所がある。ミスティア家によって運営されている公立診療所は、南方最大の診療所だ。ミーディアは南方最大の都のため、公立診療所の規模も大きいのだ。
その診療所に勤める医師たちは、銀の城に勤める医師たちとは別だ。しかし、人手不足になった時や、彼らの手に負えなくなった時、呼び出されることがあるらしい。
この日の夜、銀の城に居合わせたのは、夜勤であった老ペイン師とロディールだけであった。

「(俺は薬師なんだが……)」

すっかり医師扱いであることにロディールは疑問を抱きつつも、用意された馬車に乗って公立診療所に向かった。
そうして連れてこられた診療所の一室で、ロディールは足止めを食らうことになった。
夜間ということで薄暗い通路の一角に十人前後の人だかりが出来ている。

「銀の城から派遣された者だが、患者はどこだ?」
「それが……」

聞けば、患者が抵抗し、治療ができていないという。
運び込まれた患者は部屋の一室に閉じこもり、治療しようとする医師たちを刃物で殺そうとするため、近づけぬ状態なのだという。

「まるで手負いの獣だ。酔っぱらいより質が悪い」

腕に真新しい包帯を巻いた若い青年が呟く。白衣を身につけているところを見ると、この診療所の医師らしい。

「人を傷つけるほど動けるところを見ると、傷はそう大きくないのか?」
「いや、重傷なんだ!毒を使われている。早く助けないと…!」

患者の連れらしき男が焦ったように告げる。ロディールは眉を寄せた。

「毒?じゃあ急がないと」
「おい、気をつけろ!!」
「あぁ」

ロディールはその患者がいるという部屋をソッと開けた。幸い鍵はかかっていなかった。
手術用の機材が置かれた部屋の奥の隅にその患者は蹲っていた。静まりかえった部屋に荒々しい息が聞こえてくる。なるほど、手負いの獣だ、とロディールは思った。
立ちこめた血臭が酷い。まるで頭から血を被っているかのようだ。恐らくは黒い髪、たてがみのようにぼさぼさだ。服の色も濃いようだが夜のため、あまり容貌は見えない。腕には入れ墨らしきものが見える。
ロディールは術を発動できるぎりぎりの距離まで近づくと、緑の印を発動させた。
聖ガルヴァナの腕を長く伸ばして相手の体に触れる。ギョッとした相手が抵抗する前に負の気を入れて相手を昏倒させることに成功し、ロディールはホッと息を吐いた。

「気絶させたぞ!!手伝ってくれ!!」
「判った!!」

バタバタと駆け込んでくる医師や看護師たちと共に患者を寝台の上に移動させ、大急ぎで腕と毒障浄化を発動させる。
毒障浄化は体の悪いものを吐き出させる上級印技だ。

「アンタ、上級印技を使えるのか!さすが銀の城の医師だな!」
「いや、薬師なんだが…」
「はあ?」

ともかく今は一刻も早く治療をするのが先だ。
一本発動させるだけでも難しいと言われる聖ガルヴァナの腕を複数発動させるロディールに周囲が驚愕していることに気づかず、ロディールは必死に治療をし続けた。

そうして、何とか治療が一段落し、ロディールは部屋を用意したという看護婦を振り返った。

「個室にしてもらえるか?」
「ええ、大丈夫ですよ。また暴れられたら大変ですからね」
「ところで、この彼だか、彼女だかは…」
「なんだって?」
「だから、彼…というか彼女というか…」
「誰だ?」
「だからこの患者だ。彼だか彼女だか判らないんだ」
「は?どう見ても男だろう」

筋肉質な体といい、顔つきといい、患者はどう見ても男だ。見た目だけは。
しかし、ロディールは首を横に振った。

「ほら、膣があるだろ」
「……」
「男性器もあるが、子宮もあるんだ。しかも正常に働いている。この患者が治療を受けたがらなかったのはこの体を隠したかったのかもしれない」

青年医師も困惑顔になり、軽く首をかしげた。

「……とりあえず男扱いでいいんじゃないか?」
「だが陵辱を受けているだろ、この患者」

苦虫を潰したような顔でロディールは呟いた。

「最低最悪な行為だ、虫酸が走る。だがそういう被害を受けた患者だ。男部屋に放り込むのもな……だからといってこの見目じゃ女性部屋に入れるわけにもいかない」
「なるほど、そういう事情なら…」

退院までは個室にしてやってくれとロディールが言うと青年医師と看護婦は心得たように頷いた。


++++++++++


患者の体の謎は、城へ戻るとすぐに判明した。老ペイン師が知っていたのである。

「リースティーアじゃな」
「?」
「北の大陸に住まうといわれる少数民族で両性体を持つ一族じゃ。一般的に男性と同じだが、子宮を持ち、子を産めると言われている。だが子を産める期間が短く、二十代から三十代前半までが限界だそうじゃ。そして母胎からのみ、その両性は受け継がれ、父親として子をなした場合は、通常と同じく単性で生まれるという」
「女扱いより男として扱うべきか?」
「そうじゃな。リースティーアは戦士の一族と言われている。兵士や傭兵になる者が多いというから男として扱った方がいいじゃろう」
「なるほど…」

世界は広いというが、本当にいろんな種族がいるんだなとロディールはしみじみと思った。
そうしているうちに夜が明け、アルディンがやってきた。

「父上が来ない」
「また、寝坊か!あのぐぅたら領主め。来い、アルディン。アルドーを起こすコツを教えてやるからな」

苦笑する老ペイン師に別れを告げ、素直に頷くアルディンをお供にアルドーの元へ行くロディールであった。