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◆銀のミーディア(8)

(とんでもない額の給料だな…)

ロディールは初給を見て驚愕した。
田舎暮らしで慎ましい生活を送っていたロディールにとって、大貴族の主治医という立場の給与はとんでもない額に思えた。
医師団の長による老ペインによると、アルディン様をお助けした報酬も入っているとのことだったが、それにしても大金だ。

アルディンは無事、回復傾向にある。

(転勤はアルディンが完全に回復したら考えよう)

お金はどうでもいいが、アルディンのことは気になって仕方がない。

「アルディン、リンゴを剥いてみるか?」
「むいてみる」
「怪我をしないよう気をつけて剥くんだぞ。ナイフはこうやって持って…」

貴族の子育ては初めてのため、庶民の子供と同じようにアルディンを扱っているロディールである。

「シーツの取り替え方を教えるぞ、アルディン」

うん、とアルディンが頷く。
時々、それを見て、メイドが慌てていたが、アルディンが進んで行動するため全く気にしていないロディールである。

(意外と好奇心旺盛だよな)

子供にしては無口で無表情なため、人形のように見える子供だ。
しかし、意外と好奇心旺盛なところが、この年頃の子供らしいとロディールは思う。

「アルディン、午後は薬草園に行くか?」

ロディールが問うとアルディンは頷いた。
薬草園の仕事は、草引きや水やりなどが主だ。
そんな土いじりは当初、メイドたちに顰め面をされた。アルディン様に土など触らせるなというのだ。しかし、そんな訴えは親であるアルドーが笑い飛ばしてくれた。薬草園は領民のためにあるもの。その世話を領主がするのは何ら問題がないというのだ。理解あるアルドーのおかげでロディールは遠慮無くアルディンと薬草園の手入れをしている。
ロディールにとっては仕事の一貫だが、アルディンには単なる泥遊びだろう。

(子供ってのは、外で元気に遊ぶものだ)

ロディールはそう思っている。ロディールも子供の頃は兄と山野を駆け回って遊んだからだ。子供が泥だらけになって遊ぶのは当たり前だ。
小さなスコップとバケツを片手にちまちまとロディールの後を追ってくるアルディンはいつもながらに無表情だ。
しかし、最近はロディールも少し子供の感情を読み取れるようになった。
苦い薬を飲むときは少し眉が寄る。
外にこうして連れ出すときは少し頬が紅潮する。喜んでいるのだ。
雑草をたくさん引けたときは頭を撫でて褒めてやる。そうするとまたせっせと引いてくれる。子供なりに褒められたことを喜んでくれているのだ。

(お、木苺が生ってる)

薬草園の端の方に植えられた木に赤々とした木苺が実っていた。

「アルディン、来てみろ」

パタパタと軽い足音が響き、幼児が駆け寄ってきた。

「木苺だ。甘くて美味しいぞ。後で洗って食べような」
「キイチゴ……」
「ジャムにも出来るんだぞ。ジャムは好きか?」

うんと頷くアルディンにロディールは笑んだ。

「一度帰って、籠を持ってこよう。アルディンも木苺を集めるのを手伝ってくれ」

うんと頷くアルディンの手を取り、ロディールは歩き出した。


++++++++++


そうして銀の城の日々にすっかり慣れた頃、ロディールはその父親であるアルドーにキレることになった。

「いいかげん、起きろ!」

若きミスティア領主アルドーは親バカだが、大貴族らしく、我が儘でもあった。
まず、アルドーは寝汚かった。アルディンと朝食を食べたいというのは判るのだが、アルディンが待っているのに全く起きてこないのだ。
初日はまだ遠慮があったが、それが連日ともなると、怒りも沸く。幼子を朝食の席に待たせておきながら眠ったままとは何事か。
大領主であろうと子の前では親であるべきだと思うロディールは遠慮なくアルドーを叩き起こし、叱った。しかし、それで逆に気に入られる羽目になった。

(顔と血筋はいいのにな)

大領主として生まれ、見目もよい親子は目の保養になるだけの美貌を持つ。
しかし、大貴族らしい傲慢さや奔放さもある。
気の毒なのはアルディンだ。
まだ幼児なのに、早朝から朝食の席で待たされることに慣れ、人形のように扱われることに慣れている。
ずっと抱きしめられようが、抱き上げられようが、嫌がりもせず、無表情でなされるがままだ。
本来、無邪気な遊び盛りの年頃だというのに、諦めとか忍耐というものを知っているかのようだ。

(しかし、いつまでここにいればいいのやら。田舎の診療所で静かに暮らしたいんだが…)

ロディールの本来の夢はそれだ。
しかし、実際は大貴族の主治医をしている有様だ。
しかも、アルディンの主治医をしているうちに『銀の城』で暮らすことにも慣れてしまった。リハビリがてら、アルディンと毎日、城内を回っているうちに広大な城内も覚えてしまったほどだ。周囲にはアルディンの世話係と思われている。

「この木苺はアルディンと摘んだんだ」
「おお、木苺を摘めるなんてすごいぞ、アルディン!」

父親の褒め言葉にも、アルディンはいつもながら無表情だ。しかし、心なし嬉しそうに朝食にならんだ木苺を頬張っている。

「よく熟れてて美味しいだろう?」
「ああ、さすがにアルディンが摘んでくれた木苺だ!」
「(本当に親バカだな、この人は。まぁ母親が母親だから、父親はこれぐらいでいいのかもしれないが)」

アルディンの母親には全く会わない。銀の城に着いた日から一回も会っていないほどだ。
少しぐらい子に愛情があれば会いに来るだろう。これほど会わないところを見ると、本当に子に対して愛情がないのだろう。
ただ、服や玩具だけが大量に贈られてくる。

「行くぞ、アルディン。アルドーは今から仕事だ」
「うん。……父上、お仕事がんばる」
「おお、ありがとな、アルディン!父上は頑張るからな!」
「父上、バイバイ」
「おお、バイバイが出来るなんて偉いぞアルディン!」
「(アンタ、親バカすぎるぞ!!)」

結局、アルドーはアルディンが何をやってもかわいいのだろう。
呆れつつ、アルディンの手を引いて歩き出すロディールであった。