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◆銀のミーディア(7)

手厚い看護により、アルディンは順調に回復していった。
そうしてミスティア家に到着して半月後、ロディールは思わぬ貴人に会った。
アルディンの側に付いていたら、部屋へやってきたので、どうやら見舞客であるらしい。

「ほぅ、そなたが、アルドーのヤツが自慢していた新しい医師か。なるほど、確かに若い」

にやりと笑った男はなかなかの大柄な体格をした二十代前半に見える男であった。明るい茶色の髪。眼も同色で、今は好奇心に輝いている。
容姿は別段、ずば抜けたところは感じられないが、堂々とした雰囲気、銀の城という場所に気後れしていない態度から、ある程度、高い身分にある人物であることが判った。

「俺は医師ではなく薬師です」

きっぱり反論すると、男は好奇心に輝く瞳を丸くし、ハッハッハと明るく笑い出した。

「おかしなところに拘る男だな!どうせなら両方を極めようと思わぬのか?その方が人を多く救えるだろうに」

ロディールが考えもしなかったことを言ってのけた男は、にやりと笑んでロディールを見つめ、腕を組んだ。

「どうだ。どうせなら我のところへ来ぬか?ミスティアよりも厚遇を約束するぞ」

冗談じゃないと思いつつ、ロディールは慎重に口を開いた。

「ここよりも田舎で静かな土地ならば考えます」

ロディールの答えが思わぬものだったのだろう。男は数秒ほど黙り込むと、先ほどよりも長く大きく笑い出した。
ロディールは、この人は笑い上戸なのだろうかと思いつつ、男が笑い止むのを待った。さすがに地位が高いようであるこの男を放置して去るのは無礼になると察していたためである。
そうして男が笑い止むころ、ようやくアルドーがやってきた。

「ダルレイン、探したぞ。私の城を護衛も付けずに彷徨くな」
「おお、アルドーか。今、そなたの薬師を口説いていたところだ。あいにくふられてしまったがな。ここより田舎がいいらしい」
「勝手に口説くな。この男は俺の医師だ!」
「残念だ。だがここが嫌になったら来るがいい。歓迎しよう」

ひらりと手を振り、男はアルドーと共に去っていった。

「誰だ、あれは……」

ロディールの疑問には、ベッドに横になっていた幼子が答えてくれた。

「王子様」
「は?」
「ダルレイン第一王子様。父上のお友達」

現国王には王子が二人いる。ハッキリとした血筋の差があるため、世継ぎは第一王子であると決まっている。つまり先ほどの人物は世継ぎの王子で、近い将来に国王になる人物だったのだ。

「つまり俺は御殿医として口説かれたのか……」

断って正解だったらしい。
うっかり返答していたら王宮へ連れて行かれるところだった、と知り、思わず青ざめるロディールであった。


++++++++++


多忙な王子は2日ほど滞在して、王都へ帰って行った。
去り際にもアルディンを見に来た男は、親であるアルドーの我が子自慢を呆れたように聞きながら、再度、ロディールを口説いて去っていった。

「私の臣下を口説きやがって!」

そう言ってアルドーは怒っていたが、銀の城であろうと王宮であろうと居心地がよくないロディールとしてはどっちもどっちである。
王都から遠路はるばる、アルディンの見舞いへ来てくれたのだから、感謝すべきではないだろうか。
もっとも、見舞われた当人であるアルディンはよく判っていないようだが。

ややクセのある金髪は白く柔らかな頬を縁取り、瞳も明るい琥珀色。
容姿の良さは親譲りだろう。とても愛らしい容姿のアルディンは、さほど子供に興味のないロディールでさえ、かわいいと認める見目の良い子供だ。
しかし、とにかく無表情だ。まだ3〜4歳だろうにいつも無表情で大人になされるがままになっている。
かわいいかわいいと溺愛する親のアルドーにも無表情で抱かれ、母親に対しては見向きもしない。名を呼ばれれば返事をするが、文字通り、返事をして見つめ返すだけだ。その場に流れたあまりに冷ややかな空気に唖然としたロディールである。

(人形みたいな子供だな)

アルディンは見目が良く、質のいい服を着て座っていると、表情がないだけに本当に人形のように見える。
言われるがままに次期領主としての勉強をし、食事をし、おやつを食べ、お昼寝をし、本を読む。そんな日々を繰り返しているアルディンは子供らしい無邪気さがほとんど無い。
傷の治療や包帯を替えるときでもほとんど表情を変えない子供だ。とにかく感情が欠如している。
銀の城は広い。医師も何人か雇われているが、そうそう病人や怪我人がでるわけでもない。
そのため、ロディールは銀の城にある広大な図書室で本を借りて読んでいるか、薬草園の手入れをするか、アルディンの世話をするかで過ごしていた。
膨大な量の蔵書はロディールの知識欲を大いに満たしてくれるが、毎日本を読んでいても疲れる。そのため、アルディンの世話はロディールのよき気晴らしになっていた。
アルディンには家庭教師はいても専門の世話係がいない。メイドが交代で世話しているのだ。聞けば、当初いた乳母は暇をもらい、田舎に帰ったらしい。

「少々不都合があっての」

と医師団の長である老ペイン師がぼそっと教えてくれた。
その言葉に含まれた意味を何となく悟り、ロディールはアルディンの母を思い浮かべた。
時折、贈られてくる大量の服や玩具。
しかし、物を与えるだけで全く会いに来ない。そんな、お世辞にも子をまっとうに愛しているとは言えない母親だ。アルディンの感情が薄い理由に関わっているのかもしれない。

(哀れな子だ)

世話をする幼い子供へ情が移りつつあり、積極的に城を離れる気になれないロディールであった。