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◆銀のミーディア(6)

大陸十字路と呼ばれる国内最大の道をやや南へ外れた場所に、ミスティア家の都ミーディアはある。
十字路は貿易港がある港町ギランガへ続いているが、ミーディアは少し南に外れているのだ。しかし、南方最大の都と言われるだけあり、ミーディアはとても大きく豊かな街だ。
道は石畳が敷かれ、町並みも整然と整備されている。物乞いなども殆ど見られず、民の着ている服もすり切れたりしていない綺麗な物だ。
領主の政策が行き届いているからこそ、民は豊かになる。ミスティアは豊かだ、領主は代々、名君だと言われているが、その証が民の笑顔と豊かさに現れている。
幾ら領土が豊かでも領主が悪しき者だと得た金を独占してしまう。ちゃんと領民のために金が使われているからこそ、領主は名君だと慕われるのだ。
そしてその象徴とも言えるものが『銀の城』だ。
都の中心部にある白煉瓦と白蒼石を使用した美しい城。豊かな領地らしく大きく広大な城は『銀の城』と呼ばれ、我らがミスティア公の城、と民が誇りとしている。
ミスティア領には質の良い銀を算出する銀山がある。そのために『銀の城』という異名がついた。実際、白く輝く非常に美しい城だ。

城の入り口にはすでに医療担当らしき者たちが出迎えに来ていた。
ロディールはアルディンの治療のため、その医師たちと医務室へ移動したためだ。
ミスティア家の医師たちに経過を報告しつつ、ロディールは自分がペーネの印から派遣された薬師であることを説明した。

「そなたが現場に居合わせたのも何らかの結びつきなのだろう。おかげでアルディン様をお助けできた。感謝する」
「いや、子供を助けるのは当然のことだ」

相手がミスティア家の子でなくても助けていただろうとロディールは思う。

「そなたも疲労が濃い。今夜はゆっくり休むがいい」
「後は我々に任せたまえ」
「ありがとう」

さすがにミスティア家付きの医師たちだ。その腕の良さにロディールも安堵し、言葉に甘えることにした。

ロディールが休むために用意された部屋へ去った後、ミスティア公爵アルドーが我が子を見舞いにやってきた。
アルディンは医師たちの手厚い治療を受け、容態は安定している。薬でぐっすりと眠っている。
アルディンが部屋へ戻らないのは治療のためだ。医務室には回復を促進するための印による寝台が用意されている。治癒の技を増強するその専用の寝台は医務室にしかないのだ。
医師団の長である老ペイン師は白い髭をさすりつつ、経過を報告し、若き公爵に笑んだ。

「凄まじい使い手を拾われましたなぁ、ミスティア公」
「うん?」
「『ペーネの印』から派遣された新人ですよ。『ペーネの印』からの報告書どおりのよき使い手でございましたよ。あの若さであれほどの使い手は滅多にいない。彼のおかげでアルディン様は助かったようなものです」
「騎士たちも申していたがそれほどの使い手か」

老ペインは頷いた。

「主要な血管が複数断ち切られていました。即死寸前の重傷でございました。アルディン様が死ななかったのはその血管を彼が即座に繋いだからでしょう。複数の血管を即座に繋ぎ、切られた他の部位を縫合し、流れ出た血液を戻す。恐らくはそれを同時に行ったのでしょう。そうでなくば幼きアルディン様が助かる余地はなかった。『聖ガルヴァナの腕』を複数本発動させ、『光印縫合』で縫合し、『毒障浄化』で血液を戻したのでしょう。
本来は医師数人がかりの大手術です」
「なるほど……。アルディンは本当に幸運だったのだな。ありがたいことだ」
「彼は当初、我々にアルディン様を完全に預けるのを躊躇っておりました。ミア姫様と何かあったようで、誰かにアルディン様を預けることを警戒しているようでした」
「あぁ、アルディンの負傷の原因はあの女のようなものだ」

ミア姫はアルディンの母親だ。ミスティア家の親族の中でも有力な家から嫁いできた女性だ。
しかし自己欲が強く、アルディンのことは母親としての愛情で接しているというより便利な道具としてしか見ていないようであった。

『アルディン様の母君にアルディン様を預けないでくれ』
『あの姫様にアルディン様を近づけないでくれ』

医師たちも騎士たちも繰り返し、ロディールにそう告げられた。
現場を目撃した護衛の騎士たちはもちろん、医師たちもミア姫には好感を抱いていない。言われるまでもなかった。

「アルディンを頼む」
「もちろんです、公。お任せを」

アルドーは我が子を愛している。周囲には少々親ばかすぎると言われるほどに溺愛している。子を思う気持ちは本物だ。
子の回復を祈るアルドーに誠意を込めて医師たちは頷いた。


++++++++++


城に着いた翌日、ロディールはアルドーに対し、当初の目的であった断りを告げに行った。
旅の間は騎士と同じ服を着ていたアルドーだが、この日は領主らしい服を着ていた。
きらきらとした眩しいほどの金髪はややクセがあり、前髪は少し乱れて顔にかかっている。
澄んだ青の瞳。
上質の白の上着は全面に刺繍が施され、宝石を連ねたマント止めが左肩から胸にかけて流れるように留められている。
身なりを整えたアルドーはかなりの美男子であった。

「他の勤務先がいい?勤務条件に何らかの不満でもあったのか?」

アルドーは怒ることなく、理由を問うてきた。

「いや、条件に不満はない。ただ、俺は故郷によく似た静かな田舎で働きたいと思っているんだ」
「なるほど。故郷を愛しているというわけだな。住まう地に愛情を持つというのはいいことだ」

領主であるアルドーには理解できる理由であったらしい。なるほどと頷くと、軽く首をかしげた。

「そなたを雇うことを決めたのは私だけではない。一応、医師たちにも相談の上、決定する。それまではアルディンの治療を頼みたい」
「判った」

そうしてロディールはアルディンの世話をすることになった。