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◆銀のミーディア(5)

家族に見送られて旅立ったロディールは、乗り合い馬車と徒歩で銀の城に向かった。
銀の城はミスティア領の中心部にある都ミーディアにあるという。
出来れば馬車のみで向かいたかったが、故郷の田舎からミーディアへは直行の馬車がなく、行く先々でルートを調べながら向かうしかなかった。
そうして日数を消費しつつ、向かう途中、ロディールは山賊に出くわした。

その日はあいにくの雨で山道は歩きづらく、薄暗かった。
豪華な馬車は山道に倒れ、その傍では美しいドレスを纏った女性が悲鳴をあげている。
その近くにいるのは子供だ。やはり貴族らしく、よき身なりをしている。
付近に倒れているのは護衛だろうか、十人以上が血まみれで、中には致命傷らしき者も複数含まれていた。
足場が悪く、盗賊は明らかに手慣れている。劣勢は貴族たちの方だ。
ロディールは逃げようか、このまま隠れていようか迷った。
助けようという考えはない。たった一人、しかも武術の心得がない己が出て行ったところで助けられるとは思えないからだ。
しかし、それも目にした光景に吹き飛んだ。襲われそうになった女性が己の身代わりに幼子を突き飛ばしたのだ。
幼子は無惨にも盗賊の刃の犠牲になり、血を吹き出して地面に倒れ込んだ。

「アルディン!!」
「アルディン様――っ!!」
「アルディン様っ!!」

護衛たちの悲鳴が届く。
ロディールは慌てて隠れていた茂みから飛び出した。目の前で幼子が血まみれになって倒れたのだ。ここで見捨てるなど大人としてできるはずがない。

「あんた、何てことをするんだ!!子供を身代わりにするなんて!!」

貴族の女だろうがなんだろうが、幼子を犠牲にするなどロディールには考えられなかった。
子供を抱き上げようとしたところで、また刃が飛んできた。
とっさに子供を庇い、腕に刃が掠める。
ロディールは子を抱きしめたまま、相手の足に触れて、負の気を注ぎ込んだ。

「うぉっ!?」

足から力が抜けて盗賊が地面に倒れ込んだ。そこを近くにいた騎士がすかさずトドメを刺す。ロディールと同じぐらい若いが、腕の良い男のようだ。
その間にロディールは『聖ガルヴァナの腕』を発動させた。体から二つの濃い緑の腕が現れる。

「旅の医師か!!アルディンを頼む!!」
「判っている!!」

騎士の叫びにロディールは頷いた。
子供は一刻を争う重傷だ。
周囲では戦いの音が響き渡り、気が削がれまくったが、得意の集中力で必死に印を使い続けた。
戦いは、新たな商隊が山道をやってきたことで終わりを告げた。
その商隊は大きな商隊で護衛も雇っていた。彼らは当然ながら山賊を追い払う方に加勢してくれたのだ。

『光印縫合』で断たれた血管を繋ぎ、『毒障浄化』で流れ出た血を体内へ戻し、生気を動かして傷口を回復させていく。
すべてを同時に行いながら、ロディールは手術に集中した。
その様子を邪魔にならぬよう、遠巻きに見守りつつ、周囲の人々が囁き合う。

「なんだ、あの医師は!若いのに凄まじい使い手だな」
「『聖ガルヴァナの腕』を複数。しかも『光印縫合』に『毒障浄化』の同時発動か。さすが、ミスティア家の医師だな」
「いや、彼は通りすがりの旅人なんだ」
「ああ。偶然に通りかかっていただいて助かった。彼がいなかったらアルディン様は……なすすべがなかった。」

周囲では商隊の商人と騎士たちによってそんな会話が交わされていたが、治療に集中しているロディールは気づかなかった。
怪我人が重傷のため、彼らは動くことができなかった。そのため、急使を立てていた。
急使によって新たな護衛隊がやってきたのは深夜のことであった。
翌朝にはロディールの徹夜の治療により、容態がやや安定した幼子を新たな馬車で動かすことができた。
そこでようやくロディールは一行の素性を知った。
ロディールの隣で戦っていた騎士らしき男は、ミスティア領主であった。

「アンタが当主だって?」
「あぁ、私はミスティア領主アルドーだ」

金髪碧眼のまだ20才前後に見える若い領主はアルディンの父だという。一体、何歳の時の子供だろうとロディールは内心疑問に思った。

「何故、護衛が少なかったんだ?」
「隣の領に住まう叔父が危篤でな。ずいぶん世話になった方なので、亡くなる前にどうしても会っておきたかったので、大がかりな護衛隊をつける暇もなく駆けつけたんだ」
「そうか……しかし、なんて偶然だ」
「偶然?」

ロディールは薬師ギルド『ペーネの印』から預かった紹介状をアルドーへ見せた。

「ペーネの印に紹介を受けた医師だったのか!!どおりで腕がいいはずだ」
「いや、俺は薬師だ」
「その治癒の腕じゃ医師と言っても差し支えあるまい。だがそれならば目的地は同じということになる。ちょうどよかった。アルディンを頼む」

言われるまでもなく、こんなところで重傷の幼子を放り出す気はないロディールだ。
そして一行には商隊もくっついてきた。彼らも目的地はミスティアの都ミーディアだったのだ。

「ウェール家に恩が出来たな。彼らにも報酬を支払わねば」

商隊はウェール一族という商人一族らしい。一部の者にはよく知られた一族らしく、信頼がおける一族なのだそうだ。
彼らはミスティア家の新たな護衛がやってくるまで、山道に留まってくれた。おかげで再度、山賊に襲われずに済んだのだ。

(それにしてもあのお姫様は気分が悪い人だ。貴族の女性っていうのはこういうものなんだろうか…)

貴族の女性はアルディンの母親らしい。
しかし、重傷を負った子供に対して『馬車の中に血の臭いがして気持ちが悪い』『血がドレスにつくと困るから近づくな』といったことを平気で口にしている。
ロディールには『アルディンに死なれるわけにはいきません。必ず助けなさい』と言ってきたが、子を突き飛ばした瞬間を目にしただけに、我が子を気遣う台詞には聞こえなかった。
夫婦仲も冷え切っているらしく、アルドーとミア姫は別々の馬車に乗っている。

(哀れな子供だ……)

そう思いつつ、ロディールは子供と共にミスティア家の城がある南方最大の都ミーディアへたどり着いたのであった。