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◆邪神ゲイエルウッドの贄(20)


一方、ディンガル騎士団。
法改正と同時にガイストは無罪が決定し、ガイストが所属する隊は飲めや騒げの宴会状態となっていた。

ガイストは戸惑っていた。
無罪となったのは嬉しい。
しかし、物心ついた頃から背負ってきた『邪神の愛し子』という重荷が突如消え去ったことに対する戸惑いや周囲の宴会騒ぎが判らなかった。
周囲に不幸を与えないようにと祈り、極力、周囲と接しないように生きてきた。
人に嫌われているのが当たり前だった。それが当然だった。
周囲が喜ぶ理由が判らない。嫌われ者が助かって何故これほど喜んでくれるのか。

「お前、何言ってんだ?まだそんなこと信じてたのか?お前を嫌ってるヤツなんかいないって言ってるだろ」

バスカークは呆れ気味に弟のような友に告げた。

「いいかげん周囲をしっかりと見ろ。お前の目玉は飾りか。みんな喜んでいるだろうが。お前はちゃんと愛されてるんだよ、信じろ」

何故ディンガル騎士団が処刑に反対したと思っているのか。
処刑に集まっていた騎士たちが嘆き悲しんでいたのを見なかったのか。
大金をつぎ込んで高名な傭兵たちに弁護を依頼したのは、何故なのか。
すべてガイストの為だ。
嫌われている男のためにここまでするわけがない。ガイストを愛しているからこそだ。これで信じないというのであれば、むしろ失礼だろう。

背負ってきたものが重すぎて、戸惑うばかりのガイストにバスカークは生真面目に一つ一つ説明し、教えた。

「俺はアンタがいればいい…ただそう思っていた…」

戸惑いの大きなガイストの呟きにバスカークは真顔になり、そして苦笑した。

「そうだな、俺もお前には地の底まで付き合おうと思っていたよ。いや、今も思ってるけどよ」

でもまぁ周囲の連中を付き合わせるのもいいんじゃないか?とバスカークは笑った。
皆が処刑ぎりぎりまで反発し、抵抗してくれたのだ。
一人よりも大勢で生きる方が楽しく、生き延びられる率も高まる。
孤立したまま、人生を歩むのはあまりにも寂しすぎる。

そこへ隊の者たちがいつまで話し込んでいるのだ、いいかげん、飲め、騒げと酒瓶を片手に取り囲んできた。
耳にうわさ話が飛び込んでくる。

「そういえば傭兵の黒き盾はさすがでしたね」
「三大貴族のうち二つを味方につけ、根回ししておいて、完全勝利をもぎ取ってきたって噂だな」
「鮮やかすぎる」
「なんで王宮や貴族にまで顔が利くんだよ、わけわからなすぎだ、あいつら」
「俺の嫌いな食い物まで知ってるんだぜあいつら!!そこが一番謎すぎる!!」
「ギャハハ、なんだそりゃ!?」

周囲の会話を聞くともなしに聞きながら、ガイストは周囲から注がれる酒を礼を言いつつ飲んだ。
以前は酒を注がれるだけでも緊張していた。ただひたすらに周囲に不幸を与えないかと己の一挙一動に気を遣っていた。
今はその必要がない。
それがただ不思議で、そして少し嬉しい。
まだ戸惑いが大きい。突如降ってわいた幸運が信じられない。
まだすべてを受け入れるには時間がかかりそうだ。
しかし、生まれて初めて神を信じられそうだと思う。
この幸運を感謝するのであれば、やはり祈るのは神だろう。
しかし、今は幸福を喜んでくれる周囲の人々に祈りたい。

(どの神を信じればいいのか判らないが…ありがとう、皆。ありがとう、スティール、ドゥルーガ、黒き盾の傭兵たち…ありがとう)


++++++++++


翌日、スティールはカイザードを己の中隊へ戻してもらうため、コーザの元を訪れた。
上官である大隊長コーザは執務室でスティール以上の量の書類に囲まれていた。
彼はすでにフェルナンから指示を受けていたらしく、カイザードの移動に関してはあっさりと許可をくれた。

「さて、興味深い統計がでたぞ、スティール」
「なんです?」
「今回の戦いの被害についてだ。受けた被害の8割が近接攻撃によるものだった。残る二割が印と遠距離攻撃。呆れるほどの偏り方だ。やはりアスター軍は白兵戦型。それも完全な近距離型のようだ」
「そこまで偏るのは珍しいのですか?」

スティールが問うとコーザは頷いた。

「珍しいな。一般的に破壊力が大きいのはやはり印による技だ。特に合成印技は射程距離が大きくて威力がでかいから、敵に合成印技使いがいれば一気に被害が大きくなることも多い。騎士になると印と武器を組み合わせて戦うことも多いから、やはり印による被害も大きくなる。大体、被害の半数は印によることが多いんだ」
「劣勢だったんですよね」
「そうだ。こっちもシグルドとアグレスのせいで混乱が起きたからな」

レンディがいないと確認できるまで防御中心に動かざるを得ず、積極的な攻勢にでることができなかったのだ。

「だが近接攻撃による被害が中心ということはアスター軍がかなり強靱だったということを意味している。近接攻撃は地味だ。武器による攻撃という基本中の基本による攻撃だから敵に大きな被害を与えることはできない。だがその地味な攻撃でここまで被害を与えたということはその基本がかなりしっかりできている軍だということだ。
基本ができている隊は強い。大崩れすることがないから逆境にも強い。
実際、アスター軍にはろくに被害を与えることができなかった。こちらには上級印持ちも何人かいたというのに印を振るおうとすればすぐに悟られて崩されたからな」

よくまとまり、士気が高く、場慣れしていてどんな状況下でも動揺がない。
腕の良い傭兵たちによってシグルドとアグレスを思わぬ形で足止めされたにもかかわらず、その近場にいた敵の部隊はしっかりと踏ん張って攻勢に耐えたという。
かなり戦い慣れしている軍だ、とコーザ。

「ああいう軍を持っているアスター黒将軍はかなりの良将だろう。ああいう軍は化ける。今はあまり目立った功績もなく、派手な噂も聞かないが、ああいう軍がレンディやノースと組むと大化けする可能性がある」

スティールはドゥルーガの感想を思い出した。
アスターと戦ったドゥルーガは珍しく相手のことを褒めていた。

「ドゥルーガも彼のことを高く評価していました」
「紫竜もか。なるほど相当な強敵が出現したようだな、スティール」

ガンバレよ、と言われ、スティールは苦笑した。
できれば二度と戦場では会いたくない。だが互いに戦場に出続けていたらまた遭遇することがあるだろう。そのとき再び生き延びることができるだろうか。
少なくとも今の状態で勝つことはできないだろう。

「頑張ります」
「その調子だ」
「はい」
「しかしお前、惜しかったな。ディンガル騎士との一件がなければ大隊長になれたのに」
「は…?」
「大隊長が一人、重傷で辞めるんだよ。黒将軍の足止めに成功したお前が功績では一番大きかったから、フェルナン将軍及びリーガ将軍への命令違反がなかったら、お前があがれたはずなんだ」
「い、いえ、俺はまだまだ若輩ですから…」

今の地位でさえ高位だと思っているのに大隊長だなんてとんでもない。
そう思いつつ首を横に振るとコーザは笑いながら頷いた。

「そうだな、お前ならちょっと功績を立てればすぐにあがれるだろう。慌てる必要はない」

明るく笑って肩を叩かれ、書類を差し出される。
返された書類は人事異動の書類だ。カイザードとラグディスが自隊に戻ってくる。
書類を確認し、顔を綻ばせるスティールであった。

<END>

ぷちオマケ話も読んでみる?(エロ注意!