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◆邪神ゲイエルウッドの贄(19)


自国に戻ったアスターは軍の総本部へ報告に向かった。同行者は側近の青将軍シプリだ。
そのシプリは不機嫌だ。
アスター麾下において、被害が一番大きかったのはシプリの隊だった。そのことが彼の機嫌を落としているのである。

「全く酷い目にあったよ」
「まぁ、とにかくお前が無事で良かった。お前が無事なのが俺にとっては何よりだ。それにお前のおかげでシグルドとアグレスを助けられたし。ありがとなー」
「君、そういうところが天然タラシだよね」
「はあ?」

アスターはシプリを宥めつつ、敬礼をしてくる人々に頷き返しつつ進んでいった。
最上位である黒将軍は同格の相手にしか敬礼を返さないでいいことになっている。
そうしてアスターは大会議室へ通じる廊下で知将ノースに会った。

「ノース様」
「アスターか。おかえり」

元上官であるため、同格となった今でも「様」をつけて呼んでいるアスターは、紫竜に会ったそうだね、と告げられて頷いた。

「さすがに強かったですね。俺とレナルドと近くにザクセンもいたのに倒せませんでした」
「なるほど。しかし七竜相手に生還してきた君も見事だ」
「いや…幸運だっただけッス」
「戦場でシグルドとアグレスは一緒じゃなかったようだが」
「あー…」

アスターは斜め後ろにいるシプリをちらりと振り返った。
シグルドとアグレスはシプリが指揮していた隊近くにいたのだ。そして…。

「あいつら、めちゃくちゃ強い三人組に遭遇したらしくて、他を支援する余裕がなかったらしいんです。凄まじい上級印技のぶつけ合いになって、周囲も手出しできない状態だったとか」
「近衛にそれほどの使い手が?君たちが遭遇したということは第一軍の方か」
「いや、近衛騎士団の服は着てなかったらしいッス。傭兵部隊の近くにいたとか」
「傭兵だって?シグルドとアグレスが認めるほどの使い手が傭兵?」

ノースは思案顔になり、己の護衛を振り返った。
視線を向けられた線の細い金髪の青年は軽く眉を寄せた。

「ウェリスタ国のディンガル騎士団領に強い傭兵がいると聞いたことがあります」
「ディンガルは今回、終盤にしか合流できなかったはずだが」

それは北方でガルバドス国とホールドス国がぶつかり合ったためだ。
大国同士がディンガルの近くでぶつかり合ったため、その牽制のためにディンガル騎士団は本拠地を容易に動くことはできなかったのだ。

「傭兵仲間では名の知られた者たちです。三人組でそのうちの一人が見事な大盾の持ち主だとか」
「三人組か」

人数的には一致しているがそれだけで同一だと決めつけるのは危険だろう。
同じことを考えたのか、視線を合わせてノースは頷いた。

「調べておこう。後の詳細な報告は会議で頼む」
「判りました」

アスターはノース、シプリと共に会議室へと向かった。


++++++++++


スティールは疲労気味にフェルナンの執務室を退去した。カイザードも一緒だ。
印に関する手続き等はフェルナンがやってくれるというのでその言葉に甘えたのだ。
疲労は精神的なものが大きい。
国王の御前に出たり、印のことが発覚したり、とても忙しい一日だった。

怒られるか恨まれるか。

カイザードは許してくれるだろうか。
スティールだけの責任ではないとはいえ、この騒ぎは大変迷惑なものだった。印に振り回されたようなものだ。
人気のない通路にさしかかった途端、カイザードに飛びつくように抱きしめられた。

「やっと言える」
「え?」
「俺も好きだ」

別れている間、ずっと伝えたかった、と言われ、スティールは息を飲んだ。
涙に潤む紫水晶の瞳が美しい。

「なんだか…よくわからねえ事情だったようだが…」
「はい」
「腹も立つが…それ以上にお前の側にいられることがすげえ嬉しい」
「…先輩…」
「お前と話せることが嬉しい、触れられるのが嬉しい、一緒に歩めるのが嬉しい」
「……」
「だから、いい……。そう思うことにする」
「はい……」

一度失い、また手に入れることができた人をスティールは強く抱きしめ返した。

そこでスティールはカイザードの相手のことを問い、その相手に恋人がいたこと、一度会ったきりでその後一度も連絡を取り合っていないことを知った。

「お互いに無関心に近い。一応今回のことは連絡するが、たぶん向こうも安堵するだけだろうよ」
「そうですか…」
「一つ約束しろ」
「はい、何ですか?」
「………」
「先輩?」

顔を赤らめたまま、カイザードはやや言いづらそうに口を開いた。

「キスマークを絶対つけろ」

思わぬ要求にスティールは驚いた。
カイザードは性的なことには潔癖な一面がある。性的な要求を聞いたことはこれまで殆どなかったほどだ。それだけにスティールは驚いた。

「体に痕がないのはもう嫌だ…」

入浴のたびに思い知らされるのが嫌だったと言うカイザードにスティールは胸が痛んだ。
同時にそんなことを要望するカイザードがひどく愛おしくなった。

「早く先輩が欲しいです」

耳元でそう囁くとカイザードは顔を赤らめた。

「俺の方が飢えてる」

珍しいカイザードからの直接的な意思表示にスティールは小さく笑んだ。
幸い、もう終業時刻に近い。
後でたっぷり味わうつもりでスティールはカイザードに口づけた。