文字サイズ

◆邪神ゲイエルウッドの贄(18)


近衛第一軍に戻ったスティールはそのままフェルナンの執務室へ戻った。まずは報告をしておかねばならないからである。
その執務室でスティールは上官コーザと書類を持ってきていたらしいカイザードに会った。
執務室には他にも副将軍や副官ら3人ほどの姿があった。
近衛将軍用らしく広い執務室だが、忙しいらしく、常に人の出入りがある。
そこでスティールはフェルナンの問いに答える形で王宮での物事を説明した。

「…ともかく君の炎の運命の相手が助かりそうでよかったね。私に無断で命を賭けた甲斐があったということかな」

電撃を食らわして吹き飛ばしたあげく、気絶させたことを思い出し、スティールは言葉に詰まった。ドゥルーガ経由だったとはいえ、命令違反をしたあげくに攻撃してしまったのは事実だ。フェルナンが嫌みを言いたくなるのも当然だろう。
その言葉に反応したのはカイザードも同様だった。こちらは『炎の運命の相手』ということに反応したようだ。
しかし、その部分に反応したのはカイザードだけではなかった。
小手から小竜状態に変化したドゥルーガがスティールの肩に止まりつつ問うた。

「それだがいいかげん鬱陶しい。何故、あの『ゲイエルウッドの愛し子』がスティールの炎の相手になるんだ?ゲイエルウッドの愛し子に運命の相手など存在するはずがない。ゲイエルウッドの愛し子は出生時にすべての運命の糸を断ち切られるはずだ」
「え…?それ、本当?」
「あぁ。ゲイエルウッドの愛し子には運命の相手はいない」
「ちょ、それ本当に本当!?ドゥルーガ!?」

小さな体を掴まれて揺さぶられ、ドゥルーガは迷惑そうにスライム状態となってその手から空中へ逃れた。

「相印は、魂の支配者(レイゲルガイム)が定めた運命を、肉体の支配者(ゲイエルウッド)が胎児に刻み込むと言われている。そして、死産や流産の場合、その運命が消えてしまう。ゲイエルウッドの愛し子は必ず仮死状態で生まれてくるから、運命の相手は存在しない」

視線を向けられたフェルナンは困惑気味に眉を寄せた。

「軍の人事部の印の調査機関による報告だ。彼らは印の調査のスペシャリストだ。今までも彼らの調査にミスがあったことはない」
「……」
「そいつらの過去の実績など知らないが、スティールの炎の相手はカイザードだ。あの『ゲイエルウッドの愛し子』との運命は、ヤツが仮死状態で生まれた時点で断ち切られている。ヤツは年上。つまりスティールが生まれる前からだ。ヤツとの運命は最初から存在しない」
「先輩!!」

スティールは思わぬ事実に呆然とした様子のカイザードを抱きしめた。
カイザードは呆然としたまま、小竜へ目を向けた。

「本当か…?」

小竜は頷き、ちらりと己の使い手を見つめた。

「そもそも俺はヤツに会う必要はないと言ったはずだが」
「う…」
「そもそも運命の相手じゃなかったら印は解放されないんだが」

カイザードとはとっくに印を解放させている。

「……で、でも、それなら何で人事部の印の機関は間違ったんだと思う?それに先輩の相手の方は?バール騎士団に見つかったとか。そっちの方はどうなるの?ちゃんと調べられたことだって聞いてるんだけど」
「ヤツの運命が断ち切られなかったら、ヤツがお前の相手だったかもしれねえな。バールの方も。だが今となっては単なる類似に過ぎない。調べたかったら好きなだけ調べてこい。だが一つだけ言わせてもらう」
「何?」
「とても長く人間を見てきたが、どんなに賢い人間でも間違いを犯すということだ。どんな状況下においても完璧ということはあり得ない」

つまり調べた人間のミスである可能性が高いと言いたいのだろう。

「ならもっと早く教えてくれよ、ドゥルーガ!」
「俺は何度も言っただろうが。『どこがどう間違っているのか、俺には判らん』と」

スティールはがっくりと肩を落とした。
フェルナンは苦笑し、カイザードも苦笑いを零す。
大国の歴史よりも長く存在する小竜の説明は、何よりも説得力のある言葉であった。