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◆邪神ゲイエルウッドの贄(17)


翌日、ガルバドス軍が完全に退却したため、スティールたちも退却することとなった。結果的にスティールは全く謹慎をせずに済んだ。
王都に戻ったスティールは邪教に関する法の改正のため、証言をすることになった。
正しくは七竜であるドゥルーガが王の前で証言するのだ。
小竜は使い手の言うことしか聞かないため、必然的に王の目前にはスティールも行くことになる。
初めて入る王宮の控え室でスティールは二人の騎士のような人物らに会った。
彼らは自らを傭兵だと名乗った。ディンガル騎士団から証言の要請を受けたという。しかし、王の御前に出るための身なりは堂々としたもので、正規の騎士と全く見劣りしないものであった。
黒髪に大きな目をした童顔の傭兵がアーノルド。
藍色の髪のやや鋭い目をした冷静そうな男がエルザークというのだそうだ。

久しぶりですとアーノルドに言われ、スティールは首をかしげた。どこかで会ったことがあるだろうか。印象的な二人だ。以前に会ったことがあれば覚えていそうなものだが。
直後に黒髪の傭兵は相方に殴られた。

「すまんな、こっちの勘違いだ」

彼らはドゥルーガの同族、黒竜グィンザルドの使い手であった。

「普段は三人なんですけど、もう一人はちょっとワケありで今回は一緒じゃないんスよ」
「証人は俺だけでもいいんだが、こいつが勝手についてきたんだ」
「先輩酷いッス。俺は先輩が心配で…!」
「王宮で証言するだけだってのに何の心配があるんだよ。王宮ぐらい慣れてるぞ、俺は」

よく判らない会話だ。
しかし、七竜が二匹いる。証言を王が受け入れてくれればガイストは助かることができるだろう。

「まぁ大丈夫だろうよ」

王の前に出るということで緊張しきっているスティールに対し、小竜は呑気にそう告げた。

「何でそう言い切れるんだよ」

「お前は頼りないがヤツがいるからな」
「ええと、黒竜殿?」
「違う、その使い手の方だ」

黒竜が肩にいるのは藍色の髪の男だ。確かに冷静そうで頼りになりそうだが、今回は単に雇われている傭兵だ。本当に頼りに出来るのだろうか。

「まぁ見ていろ。なるようになるさ」

ドゥルーガがそう言うのならそうなのだろう。
その視界の先で藍色の髪の男は黒髪の男に口づけられ、場を弁えろと相手を殴っていた。
名乗られたときに姓名が同じだから、おや、と思ったのだがそういう関係だったらしい。
何とも緊張感が削がれる風景であった。

++++++++++

王の前での証言は最初から有利に動いた。
七竜がいることもあるが、それ以上に重臣がスティールたちに好意的であった。

『あらかじめ、根回しされていたんだろうよ』

とはドゥルーガの弁だ。誰が根回ししてくれたのか判らないが、ありがたい話である。
スティールが拍子抜けするほど王の御前での証言はあっさりと終わり、邪教に関する法は改正されることが決定した。
犯罪を行っている邪教の組織も多いため、内容に関しては今後慎重に審議されるらしいが、『邪教の愛し子』に関する法は撤廃されるという。
スティールは安堵した。これでガイストは助かるのだ。
スティールは王宮を去る直前、証言してくれた二人の傭兵に礼を告げた。

「別に礼を言われるようなことじゃない。今回はディンガル騎士団側からの依頼だったからな。そちらに金は貰っている」
「そうですか、でもありがとうございます」

藍色の髪の傭兵エルザークは口の中で何やら呟いた後、じゃあ一つだけ礼を貰おうかなと告げた。

「何ですか?」
「大したことじゃない。だが俺には重要なことだ。いつかあんたは第四軍と出陣することがあるかもしれない。そのときに必ずディ・オン将軍を守ってくれ。それでいい」

ディ・オン将軍は第四軍の長で、明るく快活な人柄で人気の高い将軍だ。
スティールは、エルザークがディ・オン将軍のファンなのだろうと思い、深く考えずに頷いた。

「判りました」
「頼んだ。特に……カーク将軍には遭遇させないでくれ」
「は?」

さすがにそこまでは約束できない。
しかし、スティールに告げると安心したのか、二人の傭兵は手を振り、去っていった。

「ええと、ディ・オン将軍にカーク将軍を会わせるな…?」

よく判らない頼みだとスティールは首をひねった。
しかし、スティールはあまり深く考えなかった。
一隊長でしかないスティールには大きな権限がない。敵将に会わせるなと頼まれても戦場で遭遇してしまえばどうしようもない。
そして今はガイストが助かりそうなことが何よりも嬉しかったのである。
のちにスティールはこの時の頼みを苦い思いで思い出すこととなる。