ディンガル騎士団側の天幕はざわめいていた。
悔しげに俯いている者、泣いている者、嘆いている者など様々だ。救いは喜んでいる者が見えないところか。
運命の相手だということを名乗って、案内されたスティールは案内を受けた先がすでに簡易処刑場と化していることを知った。
縄で何重にも縛られ、地面に座らされているガイスト。
その正面には見届け人であろうリーガとディンガルの将軍の姿が見える。
ガイストの背中側には剣を持った騎士が二人。恐らく彼らが処刑人だ。
すでに処刑寸前の状況のようだ。ぎりぎり間に合ったらしい。
「邪教の信教は大罪の一つ。問題を大きくしたくないのだろう」
「近衛は第五軍の問題があったばかりだからな…」
というささやき声が周囲から聞こえてくる。
早急に問題を片付けたいというフェルナンとリーガの意向が強く動いているのだ。
必死に止めようとしている騎士が二人ほど。しかしロープで縛られている上、左右に男たちがいて、どうにもできない状態となっている。それでもその場から動かされていないということはガイストと親しい相手なのだろう。せめて最後は見届けさせてやろうという意向が動いているようだ。
「ドゥルーガ、彼を助けてくれ!!」
「周囲を囲まれているこの状況で助けろだと?……ったく、しょうがねえな……」
運命の相手の前に飛び出していったスティールにドゥルーガはため息混じりにぼやき、電撃を処刑人の二人に飛ばした。電撃を受けて、処刑人だった騎士二人が吹き飛ばされる。
「何のつもりだ?紫竜の騎士。この状況で助けても、ただ寿命をいたずらに延ばすだけだと判らないのか?」
冷静に問うてきたのはリーガだ。
「…スティール!……よせ、お前まで罪に問われるぞ」
すでに死を受け入れているのだろう。淡々と告げるガイストにスティールは手を握りしめた。
フェルナンを助けたときとは状況が違う。今回は味方すら敵という状況だ。
ここで助けたといっても一体どこへ逃げればいいのか、四面楚歌に近い。
彼はまぎれもなく罪人であり、助けようがないのだ。
「俺はゲイエルウッドの贄……邪神の愛し子で生まれたときから罪を背負いし者だ。気持ちはありがたいが、もういい……もういいんだ」
元々、ここまで生き延びてきたのが奇跡なのだからというガイストにスティールは唇をかみしめた。
諦めるしかないのか、運命の相手なのに。
助けられないのか、どうしようもないのか。
そこへリーガが動いた。
「最後の会話は済んだかい?今、退くならばフェルナンと今までの君の功績に免じて見逃してやろう。退け」
スティールが躊躇している間にリーガとスティールの間に浮かんだ小竜が答えた。
「一つ聞きたい。邪教とはなんだ?俺の知る限り、ゲイエルウッドは邪神ではなく、聖ガルヴァナの僕(しもべ)なんだがな?」
意外な問いにリーガは目を見開いた。
「何?」
「ゲイエルウッドとレイゲルガイムは邪神ではなく、聖ガルヴァナの僕だと言っている。奴らは別名を『肉体と魂の支配者』という。
何故、邪神になっているのか知らんが、奴らを邪神というのであればお前ら全員、邪神の影響を受けていることになるぞ。人間に『運命の相手』を結びつけるのはゲイエルウッドとレイゲルガイムだ。レイゲルガイムが紡ぎし運命の糸をゲイエルウッドが肉体に結びつけると言われている」
驚きを見せたリーガはすぐに表情を消し、腕を組んだ。
小柄で人形のように繊細な美貌を持つリーガが表情を消すと本当に人形のように見える。
リーガの逡巡はすぐに消えたようだった。
「それが事実であれば我が国の法の在り方が問われる問題となるな。よかろう。裁判まで待ってやろう。紫竜及びスティール。君たちは王都に戻った後、証人として立つように」
「は、はいっ!!」
「紫竜。君は七竜だが君の台詞には根拠がない。赤子の肉を食らい、血を啜る邪神に対し、何を持って『聖ガルヴァナの僕』だと言い切れる?」
リーガの問いにドゥルーガは軽く鼻を鳴らした。
「ばかばかしい、それこそ人間が勝手に作り上げた邪神の作り話だろう。命の理(ことわり)を司る神の僕がわざわざ肉や血を啜るわけがない。俺でさえ飲み食いは不要なのに」
「なるほど、もっともだ。出来れば君以外の七竜の証言も欲しいところだが可能かな?」
「隣国の青い破壊魔にでも問うてこい。ヤツこそ肉を食らい、血を啜るヤツだが、神とは同じことをやる低レベルな存在なのか?」
「出来ればその青いのも証人としてほしいところだね。レンディから引きはがし、証言出来る程度に痛めてあるとなおありがたい」
「興味ねえな、自力でやれ」
ドゥルーガの素っ気ない返答にリーガは肩をすくめた。
「証人は他に探すとしよう。陛下には私から説明に向かうとしよう。スティール、君は追ってフェルナンから沙汰があると思うがしばらく自隊で謹慎しておくように」
「はい」
リーガが去った後、ロープを解かれた騎士が駆け寄ってきてガイストに飛びついた。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「もう、もう、ダメかと思った…!!ガイスト、良かった!!」
「バスカーク…」
続いて、事情を聞いたらしいディンガル騎士たちが次々と駆け寄ってきた。
口々に良かった良かったと言い出す。
「紫竜の騎士殿、感謝する」
「『邪神』じゃないと判れば法も変わるだろう。そうなればガイストも助かる」
「ありがとう、ありがとう!」
「いえ、ドゥルーガのおかげですから」
次々にディンガル騎士に頭を下げられ、スティールは慌てた。
必死だっただけだ。あとはドゥルーガの功績だ。自分は何もしていないのに頭を下げられるのは困惑する。
「あとは裁判か。証人が増やせればいいが…」
「邪神じゃない、なんていう証言が出来るヤツなんて他にいるのか?」
「うーん…」
そんなおかしな存在がそうゴロゴロしているはずもない。ドゥルーガ以外にはいないだろう。
困るスティールであったが、意外にもディンガル騎士たちには心当たりがあったらしい。
「神々に近そうな存在といえば…」
「あの傭兵の彼らだな」
「彼らだろう。少なくともディンガルの神々とは関わりがある」
「ダメ元で問うてみるだけ問うてみるか」
神に近いなどという存在がいるのか。スティールは驚いた。
バスカークがそういえば、と呟く。
「彼らにはディンガルを立つ前に『紫竜の使い手を信じろ』という伝言を受けていたんだったな。本当になったな」
「そんな伝言を!?」
「どこまで未来を知っているんだ、彼らは」
「ならば大丈夫そうだな!」
「よかった」
スティールにはよく判らない。
しかし、他の証人に心当たりがあるのは確からしい。
「一体誰だろう…」
「俺の同族だろうよ」
シパタタタタと後ろ足で首元を掻きつつ小竜が答える。
「え?」
「俺の同族に傭兵とつるんでいるヤツがいるんだよ。後で教えてやる」
それよりまだ帰らないのか?と小竜。
謹慎を命じられていたスティールは慌てて挨拶すると、ディンガル騎士団側の天幕が集まる場所から近衛騎士団側へ戻った。