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◆邪神ゲイエルウッドの贄(15)


手のひらサイズの小竜は、スティールの肩の上で困惑していた。
副官オルナンの説得にも関わらず、フェルナンのいる天幕へやってきた己の使い手は、『邪教の愛し子』を助ける助けないで喧嘩している。
そもそも邪教とはなんだろう。人間の宗教はよく判らない。
法で決まっている以上どうしようもないと怒っているフェルナンとどうにかして助けられないのかと訴えるスティールの会話は完全に平行線のままだ。

「何もしていないんですよ?なのに殺されるんですか?」
「それはディンガル騎士団側も言ってくることだがね。それを許せば、他の邪教の信者たちも許さねばならなくなる。『何もしていない』と言い張るだけなら誰でも出来るんだ」
「ですが!今は信じていないんでしょう?なのにダメなんですか?」
「くどいよ、スティール。彼は『邪教の愛し子』なんだ。悪しき神に愛されし存在を見逃しては今後何が起きるか判らない。法で決められしことを法を遵守する立場である騎士が見逃してはならないんだ。ディンガル側も本当は判っているはずなんだがね。騎士である我々が法を守らずしてどうする」
「でも…」
「邪教は過去、様々な犯罪を繰り広げてきた。君とシード副将軍も被害にあっただろう?ああいった犯罪を日常的に行っているような集団なんだ。許すわけにはいかない」
「……ですが…フェルナン様」
「無理だ」

どうしようもないと悟り、スティールは深くため息をついて天幕を出た。

「ドゥルーガ……協力してくれるか?」
「何をだ?」
「ガイスト殿を助けたいんだ」
「あいつには関わるなと言ったはずだが?」
「!」

そういえばドゥルーガはガイストとの初対面時にそう言っていた。

「気づいていたのか?彼が『邪教の愛し子』だと」
「何が邪教なのかは知らないが、ヤツが正しき命の理(ことわり)から外れた存在であるということであれば気づいていたぞ」
「命の理(ことわり)?」
「あの男はゲイエルウッドとレイゲルガイムによって、本来紡がれし運命の糸を断たれている。そういう男は存在自体が不安定になりがちだ。まあ厄介といえば厄介だから関わらない方がいいんだ」
「ドゥルーガ!お前まで彼は死んだ方がいいと言うつもりなのか?ならば彼は生きてはいけないというのか?彼は何もしていないんだよ?」
「死んだ方がいいとは言ってないぞ?」
「彼は俺の炎の運命の相手なのに!」
「そこがよくわからん。俺には運命は見えなかった」
「ともかく、どうにかして助けないと…」

焦るスティールに冷静な声が響いた。

「止せといっているだろう。それに無駄だ。処刑が決まった。ディンガル側が同意したからね」
「フェルナン!」

天幕から出てきたフェルナンであった。遠目に報告に来たらしい伝令の姿が見える。

「今、連絡が届いた。どうやらリーガがディンガル騎士団の説得に成功したようだ。今、ディンガルと派手にもめるわけにはいかないからね。良かったよ」

スティールは青ざめた。運命の相手が殺されようとしている。
走ろうとしたスティールの腕はすぐに捕らえられた。即座にスティールの両腕が背で縛られる。動きを予測されていたのだろう。

「行かせないよ。しばらく私の天幕で頭を冷やしているんだね。これは本来ならば重大な命令違反だ」
「フェルナン!!……っ!」

炎で縄を焼き切ろうとしたスティールが印を発動させる前に小竜が動いた。
尾が素早く動き、縄が断ち切られる。

「待て、スティール!!」

スティールを捕らえようと動いたフェルナンは、空中で一回転したドゥルーガの雷撃によってはじき飛ばされた。

「ちょっ、ドゥルーガ!」
「軽く気絶させただけだ。人が集まらないうちに行くぞ」
「う、うん!」

心の中でフェルナンに謝罪しつつディンガル騎士団へ走り出す。
方向感覚が抜群にいい小竜が先導するように飛んでいき、スティールはその後を必死に追った。

「ところで相棒」
「ん?」
「何が『邪教』なんだ?」
「え?」