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◆邪神ゲイエルウッドの贄(14)


予想通りというべきか、ガルバドス軍はディンガル騎士団の到着と共に一旦退却した。
戦況が一旦落ち着き、スティールは駐屯地の一角でカイザードと向き合っていた。

「怪我は大丈夫ですか?」
「あぁ。また、助けられたな…」

自嘲的な笑みを浮かべたカイザードにスティールは首を横に振った。

「行くなって言われました。けど行かないと後悔すると思ったんです」
「スティール?」
「隊長としては俺、失格です。隊を放り出しました……でも…俺は……」

スティールはカイザードを黒将軍の先に見つけたときの恐怖を思い出しながら己の心と向き合った。
負傷する彼を見るたびに失うかもしれない恐怖を感じる。
失いたくないと思う。
この先輩を見ていたいと思う。
ずっと離れていたときの喪失感を思う。
理由は分かりきっていた。いつも仕事の後に思い出していたそのわけは。

「先輩……やっぱり俺、先輩のこと好きみたいです」

驚いたように顔を上げたカイザードにスティールは苦笑した。

「実に今更ですけど…それにどうにもなりませんけど…まだ好きでいていいですか?」

新しい相手がいるカイザードにはこれ以上のことは望めない。
だからただ好きなだけでいてもいいかとスティールは問うた。

「あ…俺はっ…」

とっさに口を開こうとしたカイザードが言い終える前にスティールを探す副官オルナンの声がとんできた。

「おい、スティール!トラブル発生だ!ちょっと厄介なことになったぞ、来いっ!」

何やら厄介事が起きたらしい。オルナンが呼ぶということは自隊の問題だろう。
スティールは慌てて頷いた。

「ハイッ」
「スティール!」

呼び止めてきたカイザードとしばし見つめ合う。

「…行ってこい。後で話そう」
「はいっ」

スティールはしっかりと頷いた。


++++++++++


「え?ガイスト殿が?」

オルナンの用件は隊のことではなく、スティール個人のことだった。
スティールの炎の相手ガイストが牢に放り込まれかけているという。
そしてそれを行おうとしているのは、近衛将軍であるフェルナンとリーガだという。

「どういうことですか?」
「お前さんのお相手が『邪神の愛し子』だと判ったんだ」
「ええと……『邪神』…というと、ゲイエルウッドやレイゲルガイム…ですか?」

一般的に邪神として知られているのはその二神だ。

「『邪神の愛し子』は罪人だ。赤子とはいえ、邪教に関わった存在であるため、生かしておいては新たな争いの種となる可能性が高いため殺さねばならないと法で決まっている。殆ど数が見られないが、本来は赤子のときに安楽死される。だが、ガイストは助かった。それを行ったのは元ディンガル騎士だという」

『邪神の愛し子』は邪教の儀式の最中に死産で生まれた赤子が奇跡的に息を吹き返したときにのみ、そう呼ばれるという。
『邪神の愛し子』自体が殆ど存在しないため、『邪神の愛し子は殺さねばならない』という法律自体、知られていなかったらしい。
そしてディンガル騎士団側は、ガイストを牢に放り込むことに反発しているという。
ガイストがまだ牢に放り込まれていないのは、ディンガル側の抵抗によるものなのだ。

「今はこんなことをしている場合じゃないんだがな」

オルナンの表情は険しい。それはそうだろう。ガルバドス側と戦いの最中なのだ。

「スティール、お前は関わるなよ。知らぬ存じぬを貫け。そうすればお前にまで罪が及ぶことはないだろう」
「え?でも……その、ガイスト殿は助かりますよね?」
「逆だ。恐らく助けられないだろう」
「え…」
「彼は罪人だ。『邪神の愛し子は殺さねばならない』と法で決まっている。ディンガル騎士団がどう庇おうとも、法で決まっている以上、覆すことは不可能に近い。
オマケに状況が悪い。リーガ将軍はディンガル地方に強い影響力のある上流貴族フィオレ家の方だ。
その上、第五軍の事件があっただろう?お前とシード副将軍が囚われたあの事件だ。あの事件は邪教が関わっていた。軍上層部は騒ぎが大きくならないよう、早急に問題を解決したがるだろう」

フェルナンは自分の運命の相手であるスティールが関わっている以上、ガイストを消そうとするだろう。スティールの運命の相手の一人が邪教の愛し子であるなどということを許すとは思えない。軍の幹部であるという立場もある。
リーガも法を遵守しようとしているようだ。彼は次の王である第二王子の友人でもある。強い影響力を持つ一人だ。
この上、第五軍のアルディン将軍まで関わってきたら助けようがない。例えディンガル騎士団が庇おうとしても国の中枢近くにいるエリート騎士団である近衛軍は大きな権力を持つ。時間の問題だろう。

「いいな、スティール、関わるなよ。八方ふさがりだ。助けようがないんだ」