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◆邪神ゲイエルウッドの贄(13)


体に衝撃が走る。
ドゥルーガを叩き付けた長棒でそのまま返し様に吹き飛ばされたのだということだけが判った。
ついで飛んできたのはロープだ。
生き物のように飛んできたロープをはじいたのはやはり、雷撃。間一髪、ドゥルーガに救われたらしい。ロープは焦げて地面に落ちた。
黒将軍アスターは冷静だった。焦げたロープに焦ることも未練を残すこともなく、ロープを放り捨て、雷撃をとばしたドゥルーガを確認するかのように振り返る。

「さすが紫竜。驚いたな…思いきり、急所を叩き付けたのに死んでなかったのか。首を折ったつもりだったんだがなー」
「強いな、お前」

淡々と呟いたドゥルーガの声に感情は感じられない。
ふわりと浮かび上がったドゥルーガが力を溜めるかのようにぼんやりと輝く。

「させるか!!」

長棒が振り下ろされる。
それを防ぐようにバチッと火花が散る。
今度はスティールもはっきり見ていた。
ドゥルーガの雷撃は確かに敵に当たった。しっかりと長棒に当たったのだ。
しかし長棒は電撃を伝えぬ素材で出来ているのか、相手は平然と長棒を持ったままだ。そのまま長棒が勢いよく振り下ろされ、再びドゥルーガが吹き飛ばされる。

「ドゥルーガ!!」
(まずい!ドゥルーガが!!)

「火炎弾!!」

スティールは必死で炎を放った。
コントロールも何もあったものではない、ただ力任せの技だったが、相手への威嚇には十分だったようだ。不意打ちのように放たれた炎に相手は少し驚いたように避けた。そう、またも避けられたのだ。戦いながらもこちらに気を配る余裕があったらしい。
更に炎を追加射撃しようとしたスティールに対し、遠距離から矢が振ってきた。
ギョッとして、炎の矛先を変え、矢を焼き落とす。

(矢!?側近か!!)

さきほど黒将軍の側にいた赤将軍は己に向かってくる敵を倒しつつも、こちらをしっかりと見ていたらしい。
黒将軍アスターのやや後方に見えるのは目の細い痩せた将だ。身につけているのは赤だがロングコートではなく、腹部でカットしてジャケットのようにした独自の作りになっている。
隙を逃さず、矢継ぎ早に飛んでくる矢に慌てて地の防御陣で応戦する。しかし、矢は止まることなく降り続け、防御術を解除することができず、身動きが取れない。
そこへ炎が飛んだ。すべての矢が焼け落ちる。ハッとして振り返るとカイザードが意識を取り戻して体を起こしていた。傷が痛むのか顔をしかめているが動くことは出来るらしい。背中合わせに立っているのはラグディスだ。
その隙を逃さなかったのはドゥルーガだ。空中でその小さな姿を一回転させたドゥルーガは派手に雷撃をとばした。
それを食い止めたのは先ほど敵をまとめて投げ飛ばしていた青将軍であった。横から雷撃に体当たりするように飛び込んできたその将は、ドゥルーガの雷撃を食らったにもかかわらず、地面で一回転すると飛び起きた。怪我をしているようには見えず、ほぼ無傷だ。

その間にドゥルーガはぱちぱちと火花をたてつつ、敵とスティールの間に割り込み、身構える。

「直撃を食らって無傷だと?チッ、光の印か」
「ドゥルーガ!?」
「身体能力を活性化させる印。身の内側に作用する印だ。自己防御能力だけなら土の印をも上回る。生半端な火力じゃダメージを与えられねえぞ、スティール」
「ええ!?」
「ヤツが相手ならば合成印技クラスの火力じゃねえと…しょうがねえ、本気で行くか……周囲ごと吹き飛ばしてやる。周囲の被害は大目に見ろよ、スティール」
「み、味方は殺すなよ!?」
「保証はできねえな。まぁお前さえ無事なら…」
「ドゥルーガッ!」

物騒なことを言う相方にスティールが慌てていると、遠くから声が響いた。

「スティール!!」
「フェルナン様!?」

その声は相手側にも聞こえたのだろう。敵将アスターは眉を寄せた。
その耳元で赤将軍が何かを囁く。アスターは頷いた。

「第一軍将軍か。もう崩したところをカバーされたか、さすがに早い」

アスターは手を水平に挙げた。黒いコートがひらりと翻る。

「囲まれる前に一旦退くぞ」

敵将にしても紫竜の使い手であるスティールの首は魅力的だろう。しかし彼は未練を見せることなく踵を返した。さすがに七竜の使い手と軍団長をまとめて相手にする気にはなれなかったらしい。
去っていく相手を見つつ、スティールはホッと肩の力を抜いた。

「一種の天敵に近いな。あの手のタイプは印使いと相性が悪い」

珍しいドゥルーガのぼやきにスティールは頷いた。

「ヤツはスピードと戦闘センスが抜群に優れている。あの手のタイプは遠距離から大技で一気に殺らない限り、勝てないな。間違っても一騎打ちを挑むべきじゃねえ。今みたいに接近戦に持ち込まれれば不利だ」
「うん…。あのさ、上級印じゃなかったんだよね?」
「あぁ。ヤツは風の通常印だ。だが、印は問題じゃない。印が弱くてもああいう風に、戦闘センスが優れた者はいる。印に頼らぬ代わりに体術だけで勝つ術を磨き上げたのだろう。こっちの発動のタイミングや動きなどがすべて読まれていたぞ。ああいうタイプには接近戦では絶対に勝てない。積み上げた経験の差が大きすぎる。才能だけで勝てるものではない」
「うん……」
「状況判断能力に優れ、頭もいい。援軍が来て、すぐ退いていっただろう?功績にこだわって深追いをすることもなく、戦況を見極める眼もある、ということだ。
いいか、スティール。真に優れた将ってのは、ただ勝つだけじゃなく、多くの味方を生かすことができる将だ。そのためには戦場で全体を見て、判断できる頭が必要となってくる。
個人の功績だけを追う将は絶対にそういう将になれない。
通常印でありながら、ああいう男を将と出来る国か。ガルバドスという国はたまに面白い」
「たまに?」
「何代か前の王が面白いヤツだった。最近の王は知らん」

使い手以外に関心を持たぬ小竜の珍しい賛辞にスティールは驚きつつも感心した。
しかし悠長に感心している場合ではない。まだ戦いは続いているのだ。
駆けつけてきたフェルナンは敵将が去っていくのを確認するとすばやく周囲に指示を出し、スティールに向き直った。

「スティール、大丈夫か?一旦退いて立て直すぞ!」
「はい!!」

隊の方はオルナンが持ちこたえさせてくれていたようだ。

「先輩、大丈夫ですか?」
「ああ」
「スティール、生きてて何よりだ。黒に立ち向かっていくとは寿命が縮んだぞ全く」
「すみませんでした、オルナン。ありがとうございます」

オルナンにはフォローされまくりで迷惑かけまくりだ。さすがに申し訳なく思う。

「明日には北のディンガル騎士団が到着するぞ、あと少しの辛抱だ」
「はいっ」

戦い慣れた北の騎士団が到着すれば戦力を逆転させることができる。
後一歩だとスティールは己に言い聞かせた。