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◆邪神ゲイエルウッドの贄(11)


それから約二ヶ月後のことである。
予想通り出てきたガルバドス軍に対応するため、近衛軍からは第一軍と第三軍が出陣していた。
西の国境近くに陣を敷き、スティールたちは近衛第一軍幹部向けの天幕近くに集められた。
その場には第三軍の幹部たちもいる。全体の作戦会議であった。
それぞれの副将軍らが作戦と全体の流れを説明していく。
スティールは持ち込んだメモを見つつ、必死に頭に入れていった。
まだまだ慣れない内容になかなか頭がついていかない。
とても覚えられそうにない。しかし命がかかる戦場だ。いざという時に覚えてないと言えるわけがない。

「ドゥルーガ、お前も覚えててくれ」

小声で相方に頼むとやたら記憶力のある相方は、仕方がないな、とぼやいて小竜姿になると肩の上に飛び乗った。
討議応答や確認等が行われている間も新米隊長のスティールはただ聞くのに必死であった。
そのためその様子をフェルナンが時々見ていることに気づかなかった。
そうしているうちに作戦会議が終わった。
解散が告げられ、スティールがホッと安堵したとき、フェルナンに名を呼ばれた。

「何、なんでもないことだ。ただ確認しておきたくてね。その紙はなんだい?」
「ええと、これは第二軍のニルオス将軍に頂いたものです」
「ニルオスに…?」
「はい」
「内容は…?」
「ええと…勝つための…コツ、みたいなことが書かれています」
「ほう…是非見せてもらえるかい?」
「ええと、すみません。見せられません」
「何故だい?勝つためのコツなんだろう?」
「はい、でもすみません。人には見せるなと言われています。ニルオス様の許可を得てください、すみません」

眉を寄せたフェルナンにスティールはどう言ったら納得してもらえるだろうと悩んだ。
本当に中身は勝つためのコツだ。
ただし、基本的な戦術と共に、到底、全うとは言えぬ内容の『コツ』まで書かれている。
ニルオスの方もこれは奥の手だと言っていた。やむを得ぬ状況に陥りそうになったときに使えと。
なおも問い詰めそうな雰囲気があるフェルナンにスティールが困っていたところ、思わぬ助け船が飛んできた。第三軍将軍リーガがフェルナンを呼んだのである。
フェルナンの気がそちらへ向くと同時にスティールは素早く敬礼し、足早に天幕から逃げ出した。

「ふぅ、よかった、逃げられた」

まさか手にしていたメモを気にされるとは思わなかった。あれだけ人がいたからこちらのことなど見てないだろうと思っていたのだ。フェルナンの注意力を甘く見ていた。

「レンディが来てなければいいね…」
「そうだな」

同意するわりに緊張感のない小竜である。本気か嘘か判らない。

「おい、スティール!」

天幕を出ると他の隊長陣と話していたコーザに声をかけられた。

「そういえばお前はレンディに会ったことがあるんだったな。どんな男だった?」

小竜が肩にいることもあり、自然と周囲の注目を浴びているスティールは思い出しつつ答えた。

「…なんというか…普通で…凄い人に見えないというか…でもそんなところがすごく怖いと思いました」

それはスティールなりの表現だったが、コーザは眉を寄せた。

「なんだかよく判らない説明だな。普通で凄い人に見えない…か」
「だから怖かったです。あれだけの戦歴がある人には全然見えなかったんです」
「なるほど…。まぁ相棒が相棒だ。青竜相手にまともに戦って勝てるとは思えないからな。お前も無茶するなよ、スティール。色つきの将に会ったら逃げておけ」
「はい」

もちろんだ、そこは力強く頷くスティールであった。