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◆邪神ゲイエルウッドの贄(6)


黒将軍は常に八人だ。
故に彼らの公舎も八つに分かれている。
新人の黒将軍であるアスターの公舎は新築だ。アスター自身、設計に大いに関わって作られた建物である。
高齢者や障害者向けにあちらこちらに手すりやスロープがついているのは、アスターの公舎ならではだろう。
そのアスターは側近を会議室に集め、出陣について説明していた。

「ってわけで、シグルドとアグレスをレンディから借りたんだ。それで攻撃力は何とかなったんだけどよ。
お礼に今度、新作のケーキを食いに連れていってやろうと思うんだ、どっかいい店知らねーか?」
「シグルドとアグレス!?」
「レンディ様の側近中の側近じゃないか」
「よく借りることができたね。それはいいとして、ちょっと私情が入ってるよ、アスター。デートのことは仕事の後に悩みなよ」

あきれ顔なのは側近のシプリ。
その隣の無表情な青年は同じく側近のレナルドだ。手は黙々と焼き芋の皮を剥いている。テーブルの中央に山積みの焼き芋が籠に盛られているのだ。レナルドが茶菓子がわりに会議室へ持ち込んだものである。

「焼き芋」
「いや、新作のケーキがいいんだよ。焼き芋はちょっとなぁ。そろそろ時期はずれだし」
「芋、うまい」
「まぁうまいけどよー」

同じように皮を剥きつつ、アスターはほかほかの焼き芋にかみついた。
周囲の側近たちも同じように食べている。

「そうだねえ、美味しいけど、太りそうなのがちょっとねえ」
「意外と太りにくいっていう噂もあるぜ?」
「体を動かせば何とかなろう」
「ホッホッホ…冬は焼き芋が一番じゃのう」
「うん、美味しいですね」
「ちょっと。芋食べるのはいいけど、話が逸れてるよ!」

いつものように突っ込んだのはシプリだ。
芋ですっかり和んでしまい、何のために集まっているのか判らなくなっている。
壁にもたれて我関せずなのはザクセン。しかしこれはいつものことなので誰も気にしていない。過去、アスターが救い出した彼はアスターにしか懐かず、彼のいうことしか聞かない人物なのだ。

「黒将軍となって初の大きな戦いじゃからのぅ。名の知られた青将軍に力をお借りせぬわけにはいかぬからのぅ」

腰に負担をかけぬように作られた大きな椅子に座っているのは赤将軍のホーシャムだ。現在は軍師として後任の指導を中心に業務に就いている。
アスターの側近は一兵卒から出世してきた者が多いという、黒将軍の中でも極めて珍しいタイプの軍だ。力なき兵士時代から生き抜いてきたが故に、強い絆で結ばれている。あまり階級差のない会話が交わされているのはそのためだ。

「シグルドとアグレスは借りられたけど、兵力まで借りられたわけじゃないからなー。シプリとザクセンとマドックで5500ってとこか。レンディにシグルドとアグレスの代わりの将も出さないといけないし。足りねえなぁ…あと一人何とか…やっぱりカーク様を借りたかったなぁ」

黒将軍は出陣時、約一万兵を持つことが出来る。

「カーク様?確かにあの方はこの上なく強くて頼もしいけど、やむを得ぬ場合しか一緒に働きたくないよ、俺は」
「そうか?」
「俺が目を付けられたらどうしてくれるのさ?」
「いや、シプリはあの方の好みじゃねえよ……たぶん」
「たぶんじゃ困るんだよ」
「行きたいと言ってる青将軍いる」

レナルドの突然の言葉にアスターは驚いた。
出陣したがる青将軍は多いが、あまり世間に関心を持たないレナルドがそれを告げたことに驚いたのである。

「マジか?誰だ?」
「フリッツ」

アスターとシプリは揃って眉を寄せた。

「あー…」
「あぁ、はぐれの彼ね。俺としては不安要素になりそうだから遠慮したいな」

フリッツは『はぐれ』と呼ばれる青将軍で、どの黒将軍にもついていない青将軍だ。
『はぐれ』と呼ばれる将にはろくな噂がなく、厄介者が多いのが現状だ。
アスターたちは理由があって、以前フリッツを助けたことがあった。以来、わずかながらも交流を続けている。

「実際の戦力としては問題ないと思うが、ウェリスタには連れていきたくないんだよなぁ。けどウェリスタだから行きたいんだろうなぁ…」
「以前ウェリスタの捕虜になっていたわけだから復讐したいんだろうね」
「いや、たぶんもっと厄介な理由だろう。復讐の方がまだマシな気がする」
「なにそれ?」

怪訝そうなシプリの問いに答えず、アスターは首を横に振った。

「あー…レナルド、今回は無理だって言っておけ」
「今回は無理?判った」

アスターは新たな芋の皮を剥き、背後の壁にもたれているザクセンに差し出した。
ザクセンは差し出された芋に軽く眉を上げ、新たに剥かれた芋ではなく、アスターの食べかけの方を手に取った。

「!」

驚くアスターに対し、ザクセンはニヤリと笑んだ。
何となくその光景を見てしまったシプリが胸焼けを起こしたかのような顔でそっぽを向く。

「俺もそれ、ギルフォードとやってみたい」
「いや、芋を渡しただけだぞ、レナルド」
「聞き捨てならないことを言わないでよね!うちの兄と何するつもりなのさ!?」
「らぶらぶ」
「ラ、ラブラブって…具体的にどういうことをするつもりなんだ…?」
「ちょっと。具体的に聞かないでよ、アスター!」
「ほれほれ、お主ら、また話が逸れておるぞ。それで青将軍は誰をお呼びするんじゃ?」

珍しくもホーシャムに突っ込まれるアスターたちであった。