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◆邪神ゲイエルウッドの贄(4)


一方、スティールはラーディンと印の練習を野外訓練場で行っていた。
スティールは自分で作った消毒薬をバシャバシャとラーディンの手に振りかけた。

「イテッ!」
「浸みるのは当然だよ、これだけマメがつぶれてたら」
「お前すごいよなぁ」

苦笑気味のラーディンには答えず、スティールは消毒して綺麗になった傷に軟膏を塗った。
やめろと言ったところでラーディンは特訓を止めようとはしないだろう。そして戦場では強さ以外通用しない。結局、強くならねば生き延びられない場所なのだ。
そしてラーディンがすごいという理由も判る。スティールの攻撃技はラーディンが作った防御壁を吹き飛ばしてしまったのだ。あらかじめドゥルーガにフォローを頼んでいなかったら、ラーディンは重傷を負っていたことだろう。
印に関してだけは、スティールはラーディンの上を行く。

「俺は印以外、ヘタだからね…」

スティールの場合、印を使いこなすしか生き延びる道はないのだ。

「俺もお前ぐらい攻撃が得意になれりゃいいんだけど」
「土の印の攻撃技かぁ…あまりないよね…」

土の印は攻撃に向いた印ではない。悲しいがそれが事実だ。

「むしろ防御の達人になった方がいいと思うがな」

無言だったドゥルーガが口を挟んだ。

「攻撃では火、風に絶対勝てない。土の印で攻撃を極めるよりも徹底的に防御に拘って極めた方がいい。その方が生き延びられる可能性が強まる。
攻撃ならば火を持つスティールとカイザードがいる。風もフェルナンがいる。彼らに勝てぬ分野で争うぐらいならば、防御を極めた方がいい」
「別にラーディンは争ってるわけじゃないと思うんだけど」

スティールがフォローに入ったが、内心、競っていたラーディンは心中を見抜かれた気がして、どきっとした。

(勝てぬ分野、か……。ドゥルーガが言うのならば攻撃じゃ勝てねえんだろうな)

スティールによれば、ドゥルーガが事実しか言わないという。そして意味のないことも言わないのだそうだ。ならばドゥルーガの言葉は現実であり、真実なのだろう。

「そうだね、戦場では攻撃ばかりが必要な訳じゃないし、防御も重要だもん。俺も練習しようかな」
「お前は攻撃を極めろ」
「なんでだよ、ドゥルーガ。俺だって土の印は持っているんだよ?」
「ラーディンと同じことを極めてどうする。こいつと組んで戦うならお前が攻撃を覚えるべきだろうが」
「あ、そうか。一緒に戦うんだもんね」

ドゥルーガが協力し合って戦うことを前提に語っていると気づき、スティールとラーディンは顔を見合わせて笑いあった。
どうにも自分たちは重要なことを忘れていたようだ。
単純だが非常に重要な『協力し合って戦う』ということを。

「いつもドゥルーガには助けられるなぁ」
「だな。ありがとな、ドゥルーガ」

小竜は何故、礼を言われたのか判らないと言いたげに小首をかしげている。彼はただ当たり前のことを言っただけのつもりなのだろう。

「頑張ろうな、スティール」
「うん、よろしく」

スティールは差し出されたマメだらけの手を握り返すことを躊躇い、そっと、その手を取ると、手の甲に口づけた。マメがつぶれた手の平は痛々しく、薬を塗ったばかりの手に触れない方がいいと思ったのだ。
しかしその思わぬ行動にラーディンは真っ赤になった。

「ス、スティール、何するんだよ、びっくりするだろ!!」
「そ、そうかな?ラーディン、真っ赤だ」
「お前が変なコトするからだろ!」
「そ、そうかな?じゃあやり直すね」

手に口づけたのがよくなかったのならば、とスティールはラーディンの頬に口づけた。

「いや、そうじゃなくてさ…」

単に握手したかったラーディンは更に顔を赤らめた。

「……ええと、やっぱ口がいい?」

完全に勘違いしてしまっているスティールにどう答えようか、ラーディンは迷った。
断るのも勿体ない。
しかし最初の目的は単なる握手だった。
誤解を解くべきか解かないべきかと悩んでいるうちにスティールの手が頬に伸びてきた。

(まぁいいか)

なんだかんだ言ってもスティールからのキスは嬉しい。そのまま目を閉じるラーディンであった。